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2011年7月

2011年7月31日 (日)

ハイハーバーでの日々

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昨日は私がお世話になっている長井市館町南地区のビアガーデンに招待され、妻と娘を連れてお邪魔しました。

昨年までは日暮れから近くの保育園で行われていたというこの企画、今年は震災後の節電を考えて公民館そばのおおけやきの下で涼みながら3:30〜6:30と場所も時間も変更して実施すると伝えられていました。

これまでに私が行き尽くしたホテルやデパート屋上のそれとは違い、緑の中で行われるというビアガーデン。脱原発後の暮らしの楽しみを長井市のみなさんと共有し何か新しい気づきを得られそうな予感がして、この企画を私はひそかに楽しみにしておりました。(単にビールが飲めるからというのではないのダヨ…。)

私たち家族が避難者として長井市で生活するようになって4ヶ月が過ぎようとしていますが、その間とても温かく接してくださる長井市のみなさんには親子ともども、夫婦ともども感謝してもしきれません。今回の企画の他にもこれまでにレインボープランの早苗振り(さなぶり)の会や公民会主催の落語の会などにもお招きいただき、それぞれにとても良い時を過ごさせて頂きました。そしてそれらを通して私が実感しているのは、ベタではありますが「コミュニティーの大切さ」といったものです。

このたびの震災が私たちの共同体や家族までをも破壊していった一方で、福島第一原子力発電所における事故は、共同体や家族のあり方を無視し踏み台にしてきた経済活動の果てに私たち自らが引き起こしたものです。そしてそんな自分にとって、長井市の人々の暮らしぶりや温かさは、私たちが手放してしまったことにも気づかないでいたものだと感じています。

さて、昨日のビアガーデンは雨にたたられ、「緑のビアガーデン」とはいきませんでしたが、それでも上に記載したように地域の人たちがお互いのつながりを確認し、生後数ヶ月の赤ん坊を含めた子供からお年寄りまで参加する「いのちの循環」をも確認できるとても楽しい集まりでした。

今回に限らず、私が長井における集まりに参加して印象的なのは、長井の方々が自己紹介をしてくれる時、皆自宅の場所をとても丁寧に教えてくれることです。私のような初対面の者にさえ、懇切丁寧に自宅までの道や場所を教えてくれて「是非お茶を飲みにきて下さい。」と声をかけてくれるのです。これって単なる社交辞令ではできないことではないでしょうか? (私はこれまでいわきにいて初対面の人にここまで詳しく自宅の場所を教えた経験がありません。)

このような人々の中で私たちは避難生活を送ってきましたが、私にとってこの地は宮崎駿監督の最高傑作と名高いTVシリーズ「未来少年コナン」に登場する「ハイハーバー」のようです。長井市での生活は紹介したいことでいっぱいです。今後もこのブログにて紹介したいと考えています。

2011年7月30日 (土)

方向転換

             

きょうはみんなでクマがりだ (大型しかけえほん)Bookきょうはみんなでクマがりだ (大型しかけえほん)


著者:マイケル ローゼン

販売元:大日本絵画
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失業中は本を読んで過ごしています。在職中は自分に足りない力を自覚していましたから、この時期に
少しでもその力をつけようと考えている訳ですが、やはり原発関係の本や記事に目を通す事が多いようです。また「育メン」中でもあり、絵本も数多く読みます。

一日に何冊も何冊も、子供にせがまれるだけ読みまくりますが、中でも秀逸だったのがこの「きょうは みんなで クマがりだ」です。

内容は割愛しますが、ここで描かれる家族の「方向転換ぶり」は日本人は見習ってもいいのかなと思います。

そういえばここ長井では「クマ」がよく出没するらしく、先日も回覧板で危険エリアが地図が伝えられていました。うちの子達が聞き分けがない時には「クマがくるゾ!!」というと一発で静まります。

時代は変わる?

            


同世代とはいえ、事業を運営している「立場ある」人たちとコーチングセッションをしていると「若い社員達を単なる労働力として雇用するのではなく、力をつけさせ、喰っていけるだけのスキルを身につけさせてあげたい。給与で報いてあげることができない時代であるからなおさら…」などの言葉が返ってくる。若く安価な労働力を使うだけ使い、一人前になると切り捨てて使い回すのがすでに常態となっている今日、以前の「日本型経営」の代名詞でもあった「終身雇用制度」をポジティブに捉え直そうというのだ。

「継続か?廃炉か?」をめぐる原発に関する動きは今後大きな問題として社会を揺るがせることになると思うが、脱原発後の社会のあり方を考えるとき、これまでの私たちライフスタイルや価値観のひとつひとつをも検証する必要があると考える。

先に記載した考え方もバブル以前の日本では当然のように行われていたことであり、だからといってバブル以前に子供時代を送った私たち世代が「貧しい」と感じたことは一度もない。(少なくとも友人達はみなそのように言う。)

脱原発後の社会へのヒントは、少し前の日本には息づいていたものの再評価の中にあるのかもしれない。そして私個人としてはそれはそれほど難しいことではない。


(映像は9.11後の麗欄のライブ映像ですが、歌詞がむしろ現在の状況にぴったりかと思って貼付けておきます。はたして「時代は変わる」のか?)

みんな連れて来た

            

震災後、これまで以上にしみる曲になりました。先月見たツアー・ファイナルでも歌われ会場の涙を誘った一曲。

in 長井

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2年以上ブログをほったらかしておりましたが、思うところあってこっそりと再開することにいたしました。山形県長井市から気まぐれに投稿したいと思います。(写真はお散歩コースの橋の上からケイタイで写した最上川です。語源はアイヌ語からで『静かなる神』とのこと。)

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