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2011年8月17日 (水)

2011年 震災後いわきの「お盆」に思う

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前回のこのブログでも記載した通り、13日から15日まで私は「お盆」のため一人いわきに帰郷した。ただし14日に商売をしている兄の仕事を手伝うため一時長井に戻り、その後再びいわきに引き返したあと15日の深夜に家族の元に帰るという“長井〜いわき間2往復”の大変忙しい3日間であった。

地元いわきでは、13日に迎え火を焚き先祖の霊を自宅に招き入れ、16日に送り火を焚いて黄泉に送り出すのが一般的だが、16日からは職業訓練が再開するため、今回は1日早めて15日に送り火を焚くことになった。(じいちゃん、ばあちゃん、親父、おふくろ、勘弁してくれ…。)

さて、いわきでは震災・原発事故後初めて会う双子の兄と共に、いわきで一番被害を受けたとされる海岸沿いを巡る機会を得た。

そこで見たものを断片ではあるが記しておきたい。

薄磯地区など倒壊した家や瓦礫の撤去作業が進んだところは家屋の土台が残っているだけで、町が消えてしまっていた。

また、まだ作業が進んでいない豊間地区は壊滅した姿を潮風にさらしていた。

さらに、毎年首都圏からも人が集まり、夏中賑わう市民自慢の海水浴場(波立海水浴場、久之浜海水浴場、四倉海水浴場、新舞子ビーチ、薄磯海水浴場、豊間海水浴場、合磯海水浴場、永崎海水浴場、小浜海水浴場、勿来海水浴場)は原発事故の影響で今年は海開きをしておらず、私たちが巡ったいくつかの海辺も季節外れな静けさをたたえていた。

津波で倒壊した家屋を背に、目の前には猛暑であるにもかかわらず人のいない浜辺。核戦争をテーマにしたSF映画の一シーンにでも迷い込んでしまったかの様な感覚。それが故郷における現実であった。

途中、鉄骨のみの状態で営業を続ける7イレブンで私はサイダーを買い、その後ろの空き地で5、6脚のパイプ椅子に座る被災者を前に、地元青年がカラオケで「銀河鉄道999」を歌っている光景に出くわした。
「さぁ行くんだ、その顔を上げて 新しい風に心を洗おう…」
絶叫するようなその歌声に、私はこの土地が持つ複雑な状況について改めて考えさせられた。

それは、震災からの復興作業と原発事故による放射能汚染への対応を両立することの難しさである。

放射能から逃れ山形で避難生活をしている自分にとって、震災によって引き起こされた「目の前の悲劇」は私が故郷に置き去りにしてきたもののひとつであり、それに対して力になれなかったことに罪悪感を覚える。だがその感覚と同時に、震災直後身近で起きた数々の悲劇に自分たちの家族を重ね合わせ(特に当時3歳の長女と1歳の長男)「今後起るであろう悲劇」から少しでも遠ざかろうとした当時の決意を改めて思い起こしたりもした。

水の中で不覚にも手を離してしまい子供を亡くした母親、津波に飲まれながらも娘を近くの板きれに乗せ、最後の最後まで怖がらせまいと笑いながら手を振って波間に消えて行った父親…山のように伝えられる悲劇のひとつひとつを自分たちに重ね合わせ、避難先で深夜に何度眠る我が子の頬を額を撫でたことだろう。

そして私が恐れたもうひとつの光景、それはチェルノブイリ原発事故後に写された、甲状腺ガンを患い力なくベッドに横たわる娘を、心配そうに見守る母親の写真の延長上にあるものだ。                              
私にとっての問題は、その恐れが日増しに強くなっていくことなのである。
(この不安を払拭するのは気合いや根性や威勢のいいかけ声ではなく「原発事故の収束」ときめ細かな調査に基づいた「科学的なデーターの公表」しかないと考える。)

しかしながら、放射能汚染による悲劇には想像力と科学的なデーターを武器にして対抗するしかないと思う一方、震災後の光景がこれほどまでにその想像力を鈍らせるものかと思い知らされたことも事実である。

それを知ったことがこの夏の収穫であった。

本来「お盆」とは祖先の霊を迎えることで死者や死そのものに思いを馳せ、「生」を浮かび上がらせるために装置された儀式だと考えるが、今いわきの地で海岸沿いに立てば、否が応でも「生」が際立ってしまう。たまたま失わなかったにすぎない「生」を今後如何に使い切るのか。そんな思いに駆られた。

海沿いを巡った後、私は兄と国宝白水阿弥陀堂に向かった。そこでは蓮の花が綺麗に風に揺れていたが、この庭園が表現しているという極楽浄土がもしあるなら、被災して亡くなられた方々の魂がそこにたどり着いていることを心から祈る。

           

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