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2011年8月 9日 (火)

3.11後の思考

 一昨日の朝日新聞に「福島の意味 事故と向き合い生きる覚悟」と題して掲載されたオピニオン編集長大野博人氏の記事から。
※全文はこちらをご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/ae427bcb86d0d595c4bf495bdfaaf870

“脱原発を考えるとき、私たちは同時に二つの問いに向き合っている。

 (1)原発をやめるべきかどうか。

 (2)原発をやめることができるかどうか。

 多くの場合、議論はまず(2)に答えることから始まる。原発をやめる場合、再生可能エネルギーには取って代わる力があるか。コストは抑えられるか。温暖化や産業の空洞化という副作用なしで実現できるか。

 これらの問いへの答えが「否」であれば、「やめることはできないから、やめるべきではない」と論を運ぶ。

 たとえば、経団連の米倉弘昌会長は「太陽光発電を、(高い)効率に持っていくには時間がかかる。世界的に(原発なしで)やっていけるかどうか疑問だ」(朝日新聞などとのインタビュー)と話した。イタリアの脱原発への国民投票を「集団ヒステリー」と形容した自民党の石原伸晃幹事長は「生活をどうするのかということに立ち返ったとき、国民投票で9割が原発反対だから、やめましょうという簡単な問題ではない」と述べている。

 いずれも(2)を検討して(1)の答えを導き出そうとしている。できるかどうかをまず考えるのは確かに現実的に見える。しかし、3月11日以後もそれは現実的だろうか。

(中略)

脱原発について、できるかどうかから検討するというのでは、まるで3月11日の事故が起きなかったかのようではないか。冒頭の二つの問いに戻るなら、まず(1)について覚悟を決め、(2)が突きつける課題に挑む。福島の事故は、考え方もそんな風に「一変」させるよう迫っている。”


長い引用となったが、私は脱原発について持論を述べるためにこの記事を紹介したのではない。

私は3月14日に放射能から逃れるためにいわきを自主避難し、3月末日で22年間お世話になった会社を退社するべきか否かで葛藤した。その際、最終的に現在の状況に至る結論を下した自分の思考プロセスをこの記事はあまりにも的確に言い表していると感じ記しておきたいと思ったのだ。

多くの人の期待や信頼を裏切っている。3.11以前に戻れないところに自分を追い込んでいるし、それ故の覚悟もしている。

原発事故が私に突きつけている課題は、いくつもある。

妻子を養えるだけの経済力を得られるのか?というのもそのひとつである。

平成23年8月9日。私の職業訓練が始まった。

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コメント

頑張れー!
応援してるよ。卒業してからずっと同じ職場だったら…違うことをしてみるのもいいとおもう。転職繰り返してる私がいうのもなんだけど、絶対、人生には無駄がないんだよ。前職のかかわりの方たちに、返せるものが得られるとおもうよ。

mimiさんありがとう!
20年以上連絡を取っていなかったのに無理なお願いを聞いていただきその節はお世話になりました。
時期を見て家族で鎌倉に遊びに行けたらと思っています。
また連絡します!!

 天才は努力する者にはかなわない。努力する者は楽しんでやる者にはかなわない・・・と、『製パン王キムタック』の中で、タックにパン作りを教えるボルバン先生が言っていました。良い言葉だよね。韓国の故事なのかしら。
 楽しんで。

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