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2011年8月

2011年8月30日 (火)

会津魂を聴け!

             

             

       “会津若松の英雄”山口隆。彼の歌を聞いて号泣したと友人が言っていた。

        みんな彼の歌を聴こう。


2011年8月29日 (月)

「20ミリシーベルト基準」の役割とは?

8月25日の朝日新聞の朝刊で奇妙な記事を目にした。以下がその抜粋だ。

“学校の校庭利用をめぐる放射線量基準について、文部科学省はこれまで示してきた「年間20ミリシーベルト」の目安を撤廃する方針を固めた。基準を定めた今年4月と比べて線量が大幅に減ったため。児童生徒が学校活動全体で受ける線量を年間1ミリシーベルト以下に抑えるとの目標は維持するという。
〈中略〉
文科省はこの夏、基準を改めて検討。自治体による校庭の土壌処理も進み、福島県内の学校の線量は現在3.8マイクロシーベルトを大きく下回っていることから、「役割を終えた」としてこの基準を撤廃<する考えだ。“

これまで保護者から「上限20ミリシーベルト」は高すぎるとの批判が噴出していたので、今回の発表は親達の要求が受け入れられたと喜ぶ向きもあるかもしれない。

だが、発表の内容をよく読み解くと、「喜ばしい」どころではないことなど子供にでもわかる。

憲法にもあるように、すべての国民の健康を第一に考えるならば 線量が高いときにこそシビアな基準をもうけ避難を促すべきではなかったのか? 放射線量が高い時の基準が甘くて、低くなってきたから基準を下げるというのは何かおかしくないか?「役割を終えた」というその役割とはどんな役割だというのか?

考えられることは、「20ミリまで大丈夫なら我慢しよう」と考えさせ、その者をそこに留まらせようとしたということ、そしてこの問題には敏感で「20ミリ基準」の危険性をよく知る者を逃がそうと考えたということだろう。

さらに子供に対する危険性だけは強調する必要性があるので、小佐古敏荘内閣官房参与(4/30辞任)にひと肌脱いでもらったというのは考え過ぎか?

あえて相反する情報を流し、トータルに判断する材料をも与えたうえで、上記のような複雑な動きを発生させようとしたのではないか?

もしそうだとしたら、「全ての国民の健康」ではなく「極力パニックになるのを抑える」方を国は優先したということだ。

そのように読み解けば、たしかに「20ミリ基準」は実に見事にその役割を果たしたといえるのかもしれない。

クソッタレ!!

2011年8月28日 (日)

二つの受像機

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ダイニングと続きになっている我が家の居間には、右にはテレビ(パナソニック・ビエラ)が、左にはPC(iMac)が置かれている。そして私たちの家族においてこの二つの受像機器が果たす役割は全く異なっている。

以下に我が家でのそれぞれの役割を挙げてみると…

●テレビ:娯楽用、故に家族みんなのもの。ただし真実が語られないことを前提とする注意が必要。パソコンを使わない義父母・義祖父のニュース・ソース。
娘のプリキュア用、息子のアンパンマン用。

●パソコン:娯楽用、ただし私個人に限る。(時々妻がいじる。)真実を探し出すための道具。また、同じ目的を持つ者たちとの連絡手段。私専用のニュース・ソース。ブログを通じた意見表明・意見交換の場。

以下にそれぞれの機器に対して持つ私の印象を述べると…

●テレビ:既得権を握った側の世論形成の道具、さらに大衆の目を眩ませるための道具。

●パソコンン:大衆側からの世論形成のための道具。ただし権力側の介入に警戒は必要。情報は玉石混合。故に時間をかけて精査する必要あり。家族の中で孤立する危険性もあるので日頃から入手した情報を開示する心がけが肝要。
となる。

つまり私の中でテレビはもはや『悪』であり、様々な理由から我が家でまだのうのうと生き長らえている「ビエラくん」に私は「我が家の一体化を阻む魔物」として警戒心を抱いているのだ。

なぜなら、これまでもテレビが家庭に与えるネガティブな影響についてはあらゆる分野で語られてきたが、私は原発事故の情報に関してすでに大きなデジタル・ディバイドが発生していると考えており、非ITユーザーへの犯罪的なまでの偽情報の提供と思考停止を誘う「お笑い番組」の垂れ流しによってそれが意図的に行われていると感じているからだ。

「一番違和感があるのは、いま起こっていることとニュースで流れる内容との隔たり。混乱するだけなので日本のメディアが流すニュースは見ないことにした。もちろん新聞も読まない。ネットで信頼できる情報を探し、最後は自分で判断するしかない。」

日本在住の外国人からこのような言葉で表現される日本のメディアとは一体誰に何を伝えようとしているのだろうか?

坂本龍一氏や内田樹氏は、国民に節電を要請するならその前にテレビ局は無駄なテレビ番組の放送を止めろと言っていたように記憶しているが、私はそれは国家を分裂させないためにも必要だと考えている。


2011年8月24日 (水)

どうすれば俺たちは強く踏み出せるだろう?

 

吉田拓郎“流星"以来の名曲。男子校出身の俺にはひどく懐かしい匂いのする奴。

しばらくはこの曲だけで酒が飲める。

2011年8月23日 (火)

私には原発を維持できない

          

原子力発電の安全性を語る上で最も重要な根拠なった「ラスムッセン報告」(マサチューセッツ工科大学教授ノーマン・ラスムッセン教授による1974年に提出された報告書)によれば、“原子力発電所における大規模事故の確率は、原子炉1基あたり10億年に1回で、それはヤンキースタジアムに隕石が落ちるのを心配するようなものである。”(Wikipediaより)とされた。
(先日のNHKの番組の中では事故確率は“50億分の1”と紹介されていた。)

この説を覆したのは1979年のスリーマイル事故なのだが、この事故を引き起こした原因が“睡眠時無呼吸症候群”に陥った作業員の操作ミスだった事をみなさんはご存知だろうか?

ある解説書にその説明として以下のように記載されている。以下はその抜粋

睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)とは、睡眠中に10秒以上の呼吸停止や呼吸の低下を30回以上、または1時間あたり平均5回以上繰り返す状態を指します。日中の強度の眠気や起床時の頭痛、熟眠感が得られないなどの自覚症状を伴います。
日中の眠気が原因で重大な交通事故や労災事故の発生が社会問題となっています。
また、生活習慣病と密接に関係しており、放置すると高血圧、循環器系疾患、脳卒中などの合併症の発生が高まり、生命の危険を招くこともある大変危険な疾患です。

ラスムッセン教授はまさかこのような“疾患”に自分の主張が砕かれるとはまさに「想定外」だったにちがいない。彼は優秀な人物にちがいないが、優秀な人間こだからこそ人間が完璧な生き物ではないということを忘れていたのだろう。

さて、実は私は妻からの勧めで7月28日に簡易検査を受け、昨日正式に睡眠時無呼吸症候群である事が判明した。

検査結果によると私の場合、睡眠1時間あたり平均約25回呼吸が停止しており、最も長いときで、約143秒間呼吸が停止していたらしい。(目が覚めている時だったら私は2分以上息を止めることなど出来ない。)いびきは1時間あたり平均434回かいているらしい。

また、睡眠中の血中酸素飽和度は90%を下回ると要注意とあるが、私の場合、90%から最もひどい時で60パーセントまで下がっており、そのような状態を朝まで周期的に繰り返しているという。

私は重症と中等症の間に位置するらしいのだが、この状態が9年間続けば、4割の人間が合併症などで死に至るという恐ろしいことも報告されている。

私がこのような状態に陥ったのがいつなのかがわからないが、母が生きている時からいびきや呼吸の異常は指摘されていたし、兄の家にある家庭用血圧計では兄より血圧が高かったし、時々心臓のあたりがキューッとなって動けなくなる時がある。

もしかしたら死期はもうそこまで近づいているのかもしれない。

この疾患はほとんどが家族によって発見されるとのことだが、私は母に発見された時放置し、妻により再度発見され検査を受け入れた。

ある夜、妻と私はフランス人のようであり、妻は官能の余韻の中で眠りに落ちる私の寝顔を見つめているときに私の呼吸が止まっていることに気づいたそうだ。まるでロミオの死を知ったジュリエットのように、危うく後を追おうとしたところで私が回復したため彼女は一命を取りとめ、その後再度二人はフランス人になった後で、私はその愛の深さに心打たれて病院に足を向けたのであった…というのは嘘で、1時間に433回も繰り返される私のいびきに腹を立て、夜中に暗闇の中で目を覚ましてはみたものの、目を覚ましてみると無呼吸状態に陥った私の鼻からいびき音はなく、自分の聞き違いかと思い布団に潜り込むと、再びいびきが始まるという悪夢のような夜を繰り返した結果、彼女自身も睡眠不足に陥り、彼女の抱えている感情が“殺意”に変わったところで私がそれを察し、ある日検査に向かったというのが真実である。

(Yさんありがとう。これからも毎晩殺し合おうね。)

9月に再度検査入院で私への治療法が決まる。それまでは何が起るか私にもわからない。

ただ私は人間が完璧な生き物ではない事ぐらい自らの愚かさ故に知り尽くしている。

秀才だからではない。愚かさ故、そして睡眠時無呼吸症候群故、私には原発を維持する事は出来ない。

2011年8月21日 (日)

秀才は原発を維持できない

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 先日、NHKが放送したETV特集「アメリカから見た福島原発事故」を見た。内容は今回事故を起こした福島第一原発で使用されていた「マークⅠ型」の原子炉を設計・製作したゼネラル・エレクトリック社の技術者の一人が1970年代にこの原子炉の欠陥に気づき、アメリカの科学者達の間で研究検証がなされた結果、1980年代にアメリカでは「マークⅠは廃炉にするべき」との結論が出されていたというものだった。

アメリカでは20年程前にその結論が得られていたにもかかわらず、様々な経過を経て事ここに至ってしまったわけで、それだけでも驚きと憤慨の連続だったが、特に印象的だったのは最初に欠陥を告発したGEの主任技術者デール・ブライデンボウ氏の誠実な態度と日本の元原子力安全委員会原子炉安全基準専門部会部会長の村主進氏の無責任極まりない態度と発言との対比だ。

日本の原発はアメリカの誘導により始まったというのは自明であり、私はアメリカ国家に対しては原発以外でも以前よりあらゆる点で反駁があるがここでは触れない。ただ、裏切り者とレッテルを貼られても真実を告発したブライデンボウ氏のような人物が存在していていた事や、スリーマイル事故後、ブライデンボウ氏らの意見を揉み消してきた姿勢を改め、原発を新たに作る事を否とし、原子力事業から手を引いた点だけはアメリカの健全性はわずかではあるけれども保たれていると感じた。(クソのような隠蔽体質は日本以上にあるけれども…。)

だが、前述した村主氏の発言には容認し難いものがある。
彼は「全交流電源喪失をしないようにする。そのためには安全設備を多重多様にし、共通原因故障をしないこと、それが信頼性につながる」と発言していながら、非常用発電機が海側地下の同じ場所に2台置かれていたことを指摘されると、「審査指針に違反した設計である」としながらも「マグニチュード9の地震と津波など想定外で、そのようなケースに関しては考える必要がなかった。」つまり、違反していながらもその設計を審査で通してしまったと告白しているのである。

私は専門家ではないのでわからないが、これって業務上過失致死とかにならないんだろうか?これだけの事を国営放送で発言していてこの審査に立ち会った人間達はお咎め無しで済むんだろうか?

番組を見終わった後、私の中にも苦いものが残った。それは村主氏に代表される「想定外は考える必要なし」という思考回路は何処で養成されるのかと考えたとき、長年塾の講師をしてきた自分も、学習指導や受験指導を通してそれと同じ考え方をテクニックとして子供達に説いていた事に思い当たったからだ。

「難しい問題は後に回し、出来る問題から先に解く事。」
「私立高校によってはワザと難問を配置しておき、それが手に負えるのか負えないのかを判断させる時点から篩(ふるい)にかけてくるので、よく見極め、罠にはまらない事。」などなど。

超一流と言われる方々ならまた別の声のかけ方もあるのだろうが、片田舎の平凡な一講師であった私は塾講師として「ステレオタイプ」のこれらの指導に何の疑いも持たずに子供達に施してきた。そしてこの「制限時間内での点取り法」が日本人全般の思考方法に強く影響していると思うのは考え過ぎだろうか?

もしそうだとすれば、村主氏に代表される「想定外は考える必要なし」という思考法を選択している人間は政府や官僚機構など国の中枢に位置する部門や東電などの一流とされる企業の中にこそ五万と存在しているはずだ。彼らこそ、その思考法の使い方を熟達することによってそのポストと利益を得る事に成功した「秀才」たちだからだ。

だが、平時には通用する「効率性重視」につながるこの思考法は危機的な緊急時には役に立たなかった。だからこそ今回の事故は起きたのだ。

そしてその根の深さは現状が物語っている。

その証拠に、スリーマイル事故後のアメリカのような結論を「人類史上最悪の放射能汚染事故」を引き起こしていながら日本人はまだ出せないでいるではないか。

おそらく政府を含めた事故関係者に限らず、多くの日本人は、「難問を後回し」にし「出来る問題から解く」事で、事態が収束すると考えているのではないか?

震災・原発事故発生時から現在まで今だ「緊急事態」が進行中であると考える私は、ここにきて「秀才的な思考空間」を取り戻しつつある世の風潮や論調に非常に苛立ちを覚える。

3.11以前の秀才たちには事故の収束も今後の原発の維持も管理もできないだろう。

「難問だからこそいち早く解かねばならない。そのための能力を鍛えるために学問はあるのだ。」とまずは子供達へのアナウンスから変えなければならない。

だが私たちにそれを育て、醸成させる時間はあるのだろうか?

2011年8月19日 (金)

やっと出た、ついに出た!「ふくしま 新発売。」

"不安を払拭するのは気合いや根性や威勢のいいかけ声ではなく「原発事故の収束」ときめ細かな調査に基づいた「科学的なデーターの公表」しかないと考える…”などと17日に記事をアップしたら、その日に福島県は農林水産物のモニタリング情報を「ふくしま 新発売。」と題して新たなホームページで公表を始めていた。
http://www.new fukushima.jp/index.html


100パーセントの安心を手に入れた訳ではないけれど、このデーターと今後つき合っていかなければならいないのは福島県人だけではないはず。そしてこのような取り組みが全国に広がること、店頭で購入したもののデーターが即確認出来るようになればもっといいと思う。

でもまずは貴重な一歩を踏み出してくれて、ありがとう。

※とても綺麗なホームページです。みなさん、見て下さい!!


2011年8月18日 (木)

大丈夫、大丈夫…

           

ポール・サイモンが1973年にリリースした彼のキャリアの中でも屈指の名曲。
バッハの「マタイ受難曲」のメロディーを使用し、サイモン&ガーファンクルのために書いたといわれる。
リリースから8年後の1981年のセントラルパークでそれは現実のものとなったが、当時テレビで見ていて、まるで長年のレパートリーだったかのうように歌う二人をみて感激したのを覚えている。

上はその時の映像。S&G、渾身の「アメリカのうた」

ベトナム戦争という過ちを認め、それを克服していこうと語りかけるこのような歌が、今の日本にはない。それどころか今回の原発事故を過ちだと認めることすらできないでいるのだ。
いったい僕らはどこで間違ったのだろう?


僕はよく誤解され
 たえず迷い
何度も見すてられ
 しいたげられた
でも 平気さ
大丈夫
ただ疲れただけ
陽気にはなれない
故郷は遠い あまりに遠い

くじけぬ人間はいない
不安のない友はいない
砕けぬ夢
破れぬ夢なんてないのさ
でも 平気さ
大丈夫
今日までやってきた

でもたどる道を思うと
考えてしまう
どこで間違ったのかと

死にゆく夢を見た
魂が僕の身をはなれ
僕を見おろして微笑んだ
空飛ぶ夢

大空から僕の目は見た

自由の女神が沖へ出るのを
空飛ぶ夢

僕らはメイフラワー号に乗り
月へ飛ぶ船に乗り
この不安の世に アメリカの歌をうたう
でもいい 平気さ
大丈夫、大丈夫
幸運ばかりはない
明日はまた労働の日
だからしばしの休息を


2011年8月17日 (水)

2011年 震災後いわきの「お盆」に思う

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前回のこのブログでも記載した通り、13日から15日まで私は「お盆」のため一人いわきに帰郷した。ただし14日に商売をしている兄の仕事を手伝うため一時長井に戻り、その後再びいわきに引き返したあと15日の深夜に家族の元に帰るという“長井〜いわき間2往復”の大変忙しい3日間であった。

地元いわきでは、13日に迎え火を焚き先祖の霊を自宅に招き入れ、16日に送り火を焚いて黄泉に送り出すのが一般的だが、16日からは職業訓練が再開するため、今回は1日早めて15日に送り火を焚くことになった。(じいちゃん、ばあちゃん、親父、おふくろ、勘弁してくれ…。)

さて、いわきでは震災・原発事故後初めて会う双子の兄と共に、いわきで一番被害を受けたとされる海岸沿いを巡る機会を得た。

そこで見たものを断片ではあるが記しておきたい。

薄磯地区など倒壊した家や瓦礫の撤去作業が進んだところは家屋の土台が残っているだけで、町が消えてしまっていた。

また、まだ作業が進んでいない豊間地区は壊滅した姿を潮風にさらしていた。

さらに、毎年首都圏からも人が集まり、夏中賑わう市民自慢の海水浴場(波立海水浴場、久之浜海水浴場、四倉海水浴場、新舞子ビーチ、薄磯海水浴場、豊間海水浴場、合磯海水浴場、永崎海水浴場、小浜海水浴場、勿来海水浴場)は原発事故の影響で今年は海開きをしておらず、私たちが巡ったいくつかの海辺も季節外れな静けさをたたえていた。

津波で倒壊した家屋を背に、目の前には猛暑であるにもかかわらず人のいない浜辺。核戦争をテーマにしたSF映画の一シーンにでも迷い込んでしまったかの様な感覚。それが故郷における現実であった。

途中、鉄骨のみの状態で営業を続ける7イレブンで私はサイダーを買い、その後ろの空き地で5、6脚のパイプ椅子に座る被災者を前に、地元青年がカラオケで「銀河鉄道999」を歌っている光景に出くわした。
「さぁ行くんだ、その顔を上げて 新しい風に心を洗おう…」
絶叫するようなその歌声に、私はこの土地が持つ複雑な状況について改めて考えさせられた。

それは、震災からの復興作業と原発事故による放射能汚染への対応を両立することの難しさである。

放射能から逃れ山形で避難生活をしている自分にとって、震災によって引き起こされた「目の前の悲劇」は私が故郷に置き去りにしてきたもののひとつであり、それに対して力になれなかったことに罪悪感を覚える。だがその感覚と同時に、震災直後身近で起きた数々の悲劇に自分たちの家族を重ね合わせ(特に当時3歳の長女と1歳の長男)「今後起るであろう悲劇」から少しでも遠ざかろうとした当時の決意を改めて思い起こしたりもした。

水の中で不覚にも手を離してしまい子供を亡くした母親、津波に飲まれながらも娘を近くの板きれに乗せ、最後の最後まで怖がらせまいと笑いながら手を振って波間に消えて行った父親…山のように伝えられる悲劇のひとつひとつを自分たちに重ね合わせ、避難先で深夜に何度眠る我が子の頬を額を撫でたことだろう。

そして私が恐れたもうひとつの光景、それはチェルノブイリ原発事故後に写された、甲状腺ガンを患い力なくベッドに横たわる娘を、心配そうに見守る母親の写真の延長上にあるものだ。                              
私にとっての問題は、その恐れが日増しに強くなっていくことなのである。
(この不安を払拭するのは気合いや根性や威勢のいいかけ声ではなく「原発事故の収束」ときめ細かな調査に基づいた「科学的なデーターの公表」しかないと考える。)

しかしながら、放射能汚染による悲劇には想像力と科学的なデーターを武器にして対抗するしかないと思う一方、震災後の光景がこれほどまでにその想像力を鈍らせるものかと思い知らされたことも事実である。

それを知ったことがこの夏の収穫であった。

本来「お盆」とは祖先の霊を迎えることで死者や死そのものに思いを馳せ、「生」を浮かび上がらせるために装置された儀式だと考えるが、今いわきの地で海岸沿いに立てば、否が応でも「生」が際立ってしまう。たまたま失わなかったにすぎない「生」を今後如何に使い切るのか。そんな思いに駆られた。

海沿いを巡った後、私は兄と国宝白水阿弥陀堂に向かった。そこでは蓮の花が綺麗に風に揺れていたが、この庭園が表現しているという極楽浄土がもしあるなら、被災して亡くなられた方々の魂がそこにたどり着いていることを心から祈る。

           

2011年8月12日 (金)

俺は狂わない

             

首都圏の土壌汚染について大手メディアが取り上げる気配はない。
ネットでは墓参りの是非が論議になっているとか。

あたりまえの事をなぜあたりまえに出来ない?

迎え火を焚き、送り火を焚く。
じいちゃん、ばあちゃん、親父、おふくろを迎え、送る。

そのためにこれからいわきに帰る。


2011年8月11日 (木)

職業訓練3日目

職業訓練も3日目。だいぶクラスの雰囲気も打ち解けてきた。定員20名の内男性3名、女性17名という構成。訓練科名はOAシステム科で何か私の地元の平商業高校みたい。商業高校の中にいる数名の男子ってどんな気持ちなんだろうと男子校出身の僕は長年憧れてたけど、人生の半ばを越えた所でヒョッコリ実現してしまい苦笑。

“就職先の職務に就くにあたって、必ず必要とされるパソコン技術を習得するとともに、その証である「Microsoft Office Specialist(Word・Excel・Power Pointo) 3科目の資格取得と、実際に職場で求められるデーター・書籍の作成ができる。”というのがこの訓練の目標。

15年以上パソコンを利用してきたが、ずっとMacユーザーだったので、Windowsについては知らない事が多いし、自己流で利用してきたので知識もスキルも「虫食い状態」の自分にとっては勉強し直すにはよい機会だ。

特に「タッチタイプ」については如何にデタラメだったかがわかる。今日から3ヶ月間毎日最初の1時間目はひたすらタイプ練習だというからここで何とかしたい。毎日タイムをとって申告しなければならないからみな真剣だ。

授業は朝9時から昼食1時間をはさんで4時までだから1日6時間ひたすらパソコン。終わったらすぐ長井市立図書館にいって1時間読書、1時間コーヒーに関する勉強をしている。

これを3ヶ月頑張る。

MIDNIGHT BLUES & 果てしなき闇の彼方に

              

              


               酔っぱらってます…

2011年8月 9日 (火)

3.11後の思考

 一昨日の朝日新聞に「福島の意味 事故と向き合い生きる覚悟」と題して掲載されたオピニオン編集長大野博人氏の記事から。
※全文はこちらをご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/ae427bcb86d0d595c4bf495bdfaaf870

“脱原発を考えるとき、私たちは同時に二つの問いに向き合っている。

 (1)原発をやめるべきかどうか。

 (2)原発をやめることができるかどうか。

 多くの場合、議論はまず(2)に答えることから始まる。原発をやめる場合、再生可能エネルギーには取って代わる力があるか。コストは抑えられるか。温暖化や産業の空洞化という副作用なしで実現できるか。

 これらの問いへの答えが「否」であれば、「やめることはできないから、やめるべきではない」と論を運ぶ。

 たとえば、経団連の米倉弘昌会長は「太陽光発電を、(高い)効率に持っていくには時間がかかる。世界的に(原発なしで)やっていけるかどうか疑問だ」(朝日新聞などとのインタビュー)と話した。イタリアの脱原発への国民投票を「集団ヒステリー」と形容した自民党の石原伸晃幹事長は「生活をどうするのかということに立ち返ったとき、国民投票で9割が原発反対だから、やめましょうという簡単な問題ではない」と述べている。

 いずれも(2)を検討して(1)の答えを導き出そうとしている。できるかどうかをまず考えるのは確かに現実的に見える。しかし、3月11日以後もそれは現実的だろうか。

(中略)

脱原発について、できるかどうかから検討するというのでは、まるで3月11日の事故が起きなかったかのようではないか。冒頭の二つの問いに戻るなら、まず(1)について覚悟を決め、(2)が突きつける課題に挑む。福島の事故は、考え方もそんな風に「一変」させるよう迫っている。”


長い引用となったが、私は脱原発について持論を述べるためにこの記事を紹介したのではない。

私は3月14日に放射能から逃れるためにいわきを自主避難し、3月末日で22年間お世話になった会社を退社するべきか否かで葛藤した。その際、最終的に現在の状況に至る結論を下した自分の思考プロセスをこの記事はあまりにも的確に言い表していると感じ記しておきたいと思ったのだ。

多くの人の期待や信頼を裏切っている。3.11以前に戻れないところに自分を追い込んでいるし、それ故の覚悟もしている。

原発事故が私に突きつけている課題は、いくつもある。

妻子を養えるだけの経済力を得られるのか?というのもそのひとつである。

平成23年8月9日。私の職業訓練が始まった。

2011年8月 8日 (月)

早く毒矢を抜け!

お釈迦さまの脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか? (小学館101新書)Bookお釈迦さまの脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか? (小学館101新書)

著者:苫米地 英人
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今読んでいる本に次のような話しが紹介されていた。

釈迦はあるとき弟子に「死後の世界はあるのでしょうか?ないのでしょうか?」と尋ねられ次のように答えた。
「毒を塗った矢が飛んできて身体に刺さったとします。そのとき、この矢は何処から飛んできたのだろう、この毒の種類は何だろうか、誰によって射られたのだろうか、などと考える前にまずやることがあります。それは、すぐに矢を抜くことです。」と。

これは「毒矢のたとえ」といわれるもので、「あの世があるかないか、霊があるかないかを考えるのは無駄。大事なのはこの世での悩み苦しみを解決することであり、そのために修行しなさい。」ということらしい。

福島第一原子力発電所という毒矢はまだ刺さったままである。


2011年8月 7日 (日)

2011年8月6日の「いつの日か」

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               「110806_194501.3gp」をダウンロード

               「110806_194701.3gp」をダウンロード

昨日は最上川沿いで花火大会がありました。家族を引き連れて兄の会社の方々と夏の夜空を楽しみました。

※ケイタイで撮った動画を貼付けておきます。技術的な問題があり画像が横向きなのはご容赦下さい。

終了後は地元のスナックでカラオケで盛り上がりましたが、義姉さん、“ヘビー・ローテション”の振り付け完コピ恐れ入りました。兄貴、永ちゃんの「いつの日か」をレパートリーにしているとは…。あなたは「マイクを持ったドンキホーテ」です。

中央会館のみなさん、日頃いろいろとお世話になっております。この場をお借りして御礼申し上げます。

下は一昨年の夏、ap bank fesに出演し、早くも伝説と呼ばれている永ちゃんの映像から。

            

2011年8月 6日 (土)

広島原爆の日

            

 脱原発の試みは科学の敗北というより、被爆国の理性と考えたい。 本日の天声人語より

2011年8月 5日 (金)

今食卓にある危機〜「未来の食卓」を見て

            

放射能汚染によって食の安全が脅かされている今だからこそ見なければならない作品。

この映画は前々回ブログでも紹介した長井市のレインボープランで推奨され、昨年の11月に長井市ではこの映画のテーマに沿ったイヴェントが行われている。

2008年の作品だが、その時点でフランスの食の安全を脅かしているのは農薬、つまり化学汚染だ。原発による放射能の影響が語られることはないが、化学汚染の問題だけでもフランス人は食料によりかなり健康被害を被っていることが描かれている。

私にとって印象的だったのは、この南フランス・バルジャック村の美しい風景と子供たちの豊かな表情で、風景と子供達が素晴らしければ素晴らしいほど環境の化学汚染が惜しまれるという構造をこの映画は持っている。

そして音もなく忍び寄ってくる人体化学汚染の恐怖はそのまま放射能汚染による内部被曝を私たちに想起させる。今の日本人はこの映画を人ごととは思えないはずだ。

バルジャック村の村長が独断で学校給食と高齢者の宅配給食を「オーガニック食(無農薬有機栽培食)」に変更する事で子供達の未来を守る決断を下した事がこのドキュメンタリーの発端だが、私にはこの点もとても羨ましく感じられた。

この国難の際に国民・県民・市民を守るために先手先手を打って行動するリーダーが不在である事が悲しい。(いわきの実態はブログ右下“ストレートコーヒー”の「いわき日和」をご覧ください。)

先にも紹介したように長井市のレインボープラン推進協議会では昨年オーガニックをテーマにしたイヴェントを開催したようだが、これに倣い全国規模で今だからこそ“食の安全の確保”に取り組まなければならないと思う。

私は以前からオーガニック&地産地消が人間にとって一番の贅沢だと考えてきたが、今いわきの友人たちと連絡を取ると、放射能で汚染された大地と海からではそれは叶わないし、どんなに安全だと言われても一抹の不安が頭をよぎるとのこと。

私たちは化学汚染に加えて放射能汚染とも対峙していかなければならないのだから、事態はさらに深刻なはずだ。

この映画の前半とエンディングでバルジャック村の子供達の合唱シーンが描かれるが下はその歌詞を字幕から書き写したものだ。今の私の心情と重なり涙がにじんだ。

平野のセメント 河に流れ
僕らの田舎や泉に毒が流れる
嵐に暴風雨
僕らの歴史も沈む
合い言葉いつも
“健康なフリを”

暮らしのために空気を買う
石油マネーは命を脅かす
地球のどこにも逃げ場はない
さまよう無断居住者
人ごとじゃない

世界を変える時が来た
樹々を持て民衆よ
今こそ立ち上がる時が来た
明日に続く世界のために
誰かを責めてる場合じゃない
自分たちが動かなければ始まらない
戦いの時が来た

樹々を持てばビンタを食らうかも
“まだ先のこと”だって?
やり返せ!
葦の軍隊を立たせろ
ひざまづくのはもう終わり
確かに地球は丸いけど
誰にとっても
これからも丸いのかな?

世界を変える時が来た
樹々を持て民衆よ
今こそ立ち上がる時が来た
明日に続く世界のために
誰かを責めてる場合じゃない
自分の力で始めよう
戦いの時が来た

2011年8月 4日 (木)

双葉断層は福島第一原発の裏を通っていわき市にまで伸びている

Futabasaurus

私の郷里福島県いわき市には「石炭・化石館ほるる」がある。震災で一時休館していたようだが、7月20日に再オープンしたようだ。

そこには昭和43年に地元いわき市の当時高校生だつた鈴木直氏によって発見されたフタバスズキリュウ(フタバサウルススズキィ)の化石が展示されている。

日本国内で初めて発見された首長竜として知られるこの海竜は「ドラえもん のび太の恐竜」でフタバスズキリュウの「ピー助」として登場して地元の子供達にも親しまれてきた。

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またかつて「鉄腕ダッシュ」で「恐竜発掘プロジェクト」なるものがこの化石の発見現場の近くで行われた際には一躍全国的に有名になったりもした。

さて、いわき市大久町で発見されたこの恐竜の化石になぜ「フタバ」と名付けられているのか?地元の人間ならみなわかることだが、それは「双葉層」という地層から発見されたからだ。

この事実から私は長い間「双葉断層はいわきまで伸びて存在している」と認識してきたが、最近、今後巨大地震を引き起こすとして注目されている双葉断層、牛伏寺断層、立川断層がテレビで取り上げられる際、双葉断層を示すラインがいわきまで伸びていないことが気になっている。

テレビで示されるラインは宮城県の南部から南へ福島第一原発の上で止まっており、原発の頭の上に存在する「双葉町」すら通っていないのだ!双葉を通らない双葉断層っておかしくないか?

福島第一原発は今後も巨大地震に襲われる可能性があることを、メディアも意図的に隠蔽しようとしていることが見え見えだ。

パニックは事実を隠す事ではなく公開することで回避できることに、この期に及んでまだ気づかないのだろうか?

※記載中に関連するブログを見つけましたのでアドレスを貼付けておきます。

http://d.hatena.ne.jp/chamuchamu/20110609/1307628371

上記のブログがうまく機能しないようなので、ウィキペディアで確認を。

http://ja.wikipedia.org/wiki/双葉断層


2011年8月 3日 (水)

レインボープランと虹の戦士

長井市にはよく虹が出る。寒暖差が激しく、天候も変わりやすいことがその要因だとの事。
私が避難してきてからもうすでに4〜5回お目にかかっているいるが、見事で思わずケイタイで写したのがこれ。

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さて、私には虹(レインボー)という言葉にはある思いがある。

私は大学時代、反原発をテーマにしたイヴェントをキャンパス内で企画実行し、その際ネイティヴ・アメリカンと知り合い、ホピインディアンの居留地にて数日を過ごすという経験を得た。

そんなこともあり、その後もネイティヴ・アメリカンの思想に触れる様々な著書に触れたが、その中でも私にとってかけがえのない一冊となったのはこれだ。

 虹の戦士 虹の戦士
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「地球が病んで動物たちが姿を消しはじめるときまさにそのときみんなを救うために虹の戦士たちがあらわれる…。アメリカ・インディアンが信じつづけてきた最後の再生への物語。」

とこの本の紹介文には記されているが、この物語によれば戦士たちは「東の方角」からやって来るとも書かれている。

私が20年以上前ホピの居留地を訪ねたとき、教えを世界に伝えるメッセンジャーで長老の一人でもあったトーマス・バニヤッカ氏は
「東から来る人。それは日本人だ。」と話してくれた。そして
「もう一度お前はここに来ることになる。」とも。

当時20歳そこそこの若造だった私に対するそれは激励や期待を込めた言葉であったと理解しているが、原発事故を起こしてしまった日本人とその一人である私は今後彼の言葉に応えることが出来るのだろうか?

そんな思いを抱きつつ過ごす長井市には生ゴミの堆肥化事業を通じて循環型社会をめざす「レインボープラン」がある。
http://www.city.nagai.yamagata.jp/doc/0d59624cdd8189c349256cd40016d632/bf39b18551b27bd149257409001c7e3c/

虹の戦士は3万人弱のこの町にすでにいるのかもしれない。

※マイリスト「ストレートコーヒー」に本日「レインボープラン」を追加しましたので、今後もご覧になって「日本新生」に役立てて下さい。


2011年8月 2日 (火)

詩人の目

破滅的な状況の中で日常の回復を希求する詩(うた)と、平時に不吉な予兆を感じ取り記された警告のような詩(うた)。後者のタイプの詩で優れたものを目にしたとき、私はその詩人に「本物」を感じる。呪われていなければそのタイプの詩は書けないだろうし、呪われていなければ詩人ではないと思うから。彼らに許されているのは天使の目を持つ事だけだ。

それにしても詩人とはなんて天の邪鬼でやっかいな人種なんだろう。

私は素直すぎて詩人にはなれない。

            

2011年8月 1日 (月)

これって世論操作?

昨夜、「Mr.サンデー」なる番組で、「世界高放射線を測る旅 南米、ローマで驚いた」と題してローマやブラジルでは日本より放射線量が高く、20〜30マイクロシーベルト/アワーでも全く健康に影響なく現地の人々が生活しているという内容を伝えていた。
自然放射能と原発事故により発生する人工放射能を分けて考える事なく制作されるこの手の番組に、一部勢力による世論操作の意図を感じ取ってしまうのは私だけだろうか?

あれを見て「なぁ〜んだ、放射能、放射能って騒ぎ過ぎじゃない?」と思った人はちょっと待って。私たちは3/11以降未知の領域に入ったのだから、知らない事は安易に判断せずにまずは勉強しよう。

私が信頼出来ると思ったいくつかの発言の中からまずはこの方のものから。

           

※市川定夫著「環境学」より
「人工放射線も自然放射線も、生物や人体にたいする影響は同じである」との前提は間違いである。人工放射性核種には、生体内で著しく濃縮されるものが多く、それゆえに大きな体内被曝をもたらすという、自然放射性核種には見られない特質がある。それはなぜかというと、生物の進化と適応の過程と密接な関係がある。
この地球上には、生物が現れる以前から、自然放射性核種が存在していた。その代表的なものが カリウム40である。私たちは宇宙線、地殻中からのもの、食物などを通して体内に入ったもの、合わせると、年間850マイクロシーベルト前後の自然放射線の被曝を受けている。
自然放射線のうち、体内被曝と、地殻からの対外被曝の大部分はカリウム40である。これは、生物にとって重要な元素であるから、否応なしに体内に入ってくる。しかしカリウムの代謝は早く、どんな生物もカリウム濃度をほぼ一定に保つ機能を持っているため、カリウム40が体内に蓄積することはない。生物が、その進化の過程で獲得してきた適応の結果なのである。
次に多いのはラドンであるが、希ガスであるため、体内に取り込まれたり濃縮されることはなく、すぐ体内から出ていく。
これらの自然放性物質と異なり、著しい生体濃縮を示す人工放射性物質は、いずれも自然界には存在しないものである。
例えば、ヨウ素がそうである。天然のヨウ素は、その100%が非放射性であり、生物は、この非放射性のヨウ素に適応して、哺乳動物なら、それを甲状腺に選択的に集めて、成長ホルモンをつくるのに活用する性質を獲得している。
また、ヨウ素は、海に豊富に存在するが、陸上には乏しいため、進化の途上で陸上に生息するようになった植物は、ヨウ素を効率よく高濃縮する性質を獲得してきている。つまり、現在の高等植物がヨウ素を空気中から体内に何百万倍にも濃縮したり、哺乳動物がヨウ素を甲状腺に集めるのは、いずれも、天然の非放射性ヨウ素に適応した、みごとな能力なのである。
ところが、人類が原子力によって、放射性ヨウ素をつくり出すと、進化の過程で獲得した、こうした貴重な適応が、たちまち悲しい宿命に一変し、その放射性ヨウ素をどんどん濃縮して、体内から大きな被曝を受けることになってしまうのである。
ストロンチウムも同じである。この元素の自然界での存在量はわずかであるが、この元素と科学的性質が同じカルシウムが大量に存在し、生物にとって重要な元素の一つとなっている。天然のカルシウムには、放射性のものが存在せず、それゆえ生物は、この元素を積極的に取り込んで、骨、歯、鳥の卵殻、貝殻、エビやカニの甲羅などをつくっている。つまり、カルシウムをこれら組織に蓄積、濃縮するのである。このカルシウムと化学的性質が同じストロンチウムも、これら組織に沈着、濃縮される。したがって、原子力によってスチロンチウム90をつくり出すと、28年という長い半減期をもつこの人工放射性核種が、これら組織に沈着、濃縮されることになる。ストロンチウムはベータ線をだして、骨髄などの組織に集中的な被曝をもたらす。
このように、人工放射性核種は、自然界になかったものであるため、生物をあざむき、生物が長大な進化の過程で築きあげたきた貴重な性質が、たちまち悲しい宿命に一変するのである。そして、このことこそが、原子力の最大の問題である。(転載終了)

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