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2011年9月

2011年9月27日 (火)

サーチュイン細胞

毎日新聞論説委員の潮田道夫氏が「暮しの手帖54(10-11月号)」に「腹八分目の思想」と題した素晴らしい文章を寄せている。人間個人の長寿にかかわる情報を国家の延命にも応用した氏の説。

減量を医者から厳命されている私には身につまされる話しだが、納得せざるを得ない。

私たちは減量する事で長寿遺伝子「サーチュイン細胞」を自らの体内と国家の中で発動させ、活性化させなければならない。

原発事故前の経済体制を「復元」する事に躍起な政治家にそれができるか?

「転換」を目指すみなさん、必読です。

2011年9月26日 (月)

まず1勝

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9/24(土)、山形市にてMicrosoft Office Specialist(Word)のテストを受けました。

試験中難しいと感じましたが、まずは1勝。このあとExcel・Power Pointo…とテストは

続きます。がんばります。

2011年9月22日 (木)

俺が遅れてしまったら待っていてくれ

            

今日22日は夫婦の日。そして明日は“彼”の誕生日。

という訳で上の画像を選んだ。

彼とはブルース・スプリングスティーン。

曲は If I should fall behind

※勿論、Eストリートバンドとの名演もある。彼らの絆を確認するかのようにステージで演奏されていたこの曲。是非そちらも見て欲しい。(今は亡き“ビッグマン”クラレンス・クレモンズのプレイが渋い!)

http://www.youtube.com/watch?v=N1wg9jyvfN0&feature=autoplay&list=FLQFnbOySF6zGvc2kUw4xpWg&playnext=1

俺達は共に歩んでいくそう言葉を交わしあった
何が起ころうとも
日が暮れ、道を見失い
歩を進めるうちにもしも手と手が離れてしまったら
君を待つよ
そしてもし俺が遅れてしまったら
待っていてくれ

ダーリン 俺達は並んで旅をすると誓い合った
同じ歩幅で歩み、助け合うと
でも恋人たちはそれぞれみな足並みが異なるもの
だけど俺は君を待っている
そして俺が遅れた時は
待っていてほしい

誰もが終わることのない誠実な愛を夢みている
でも俺達には分かっている
この世の仕打ちというものを
だから しっかり歩もう 誰の目にも見えるよう
そして 君を待っているから
もしも俺が遅れた時には
待っていてくれ

向こうの谷に美しい川が見える
オークの大枝の下で結婚しよう
夕闇の影の中 お互いを見失うような事があれば
俺は君を待っている
だから 俺が後れをとった時には
待っていてほしい

2011年9月21日 (水)

会津武士、いわきで吠える!

          

2011年9月20日 (火)

下山する時が来た。

以前ここで報告した「睡眠時無呼吸症候群」の検査のため、14日〜16日まで公立置賜病院に入院した。以前自宅で行った簡易検査と異なり今回は本格的な検査だった。頭にへんてこなコードを沢山つけられ、冷凍みかんみたいに頭から顎まで網をかけられ、その上から酸素吸入器を装着し、尿瓶で用を足すという検査。普通の人なら快適な睡眠が得られる状態ではないのだろうが、とにかく一日中眠い私には問題はなかった。ただベットが固く腰が痛むのには参った。結論から言うと私はこの検査でも血液中の酸素飽和量が60%に低下する程の深刻な無呼吸状態が見られ、それはマッターホルンやモンブランを登頂することでもない限り得られない数値だとの事。10月より自宅でも機械を装着して寝る事と体重を20代のものに戻す事。医者からこの二つを厳命された。
前々回「将来を想うハンガーストライキ」を取り上げたが、私も学生時代、仲間達と企画した或る反核イヴェントの打ち上げ後、即千葉県勝浦にある日本山妙法寺にて断食修行に参加し、世界平和を祈念したものだ。
現在の肉体は当時と比べると精神的に堕落し、心のどこかで原子力発電所を許してしまったことの何よりの証拠かもしれない。
とにかく、まずは痩せる事から始めねば。
モンブランを登る必要はない、まずは地に足をつけなければ。

※画像は私が一番美しいと思う若者達を捉えたもの。「help」にしようと思ったけど今の私にはリアルすぎるのでこちら画像を。私にとってジョンは平和の人ではなく「永遠の奇妙な青年」なのだが。


             

2011年9月16日 (金)

極度のメディア不信

少し古い内容だがハンガーストライキのニュースをこのブログに取り上げる前に私が愚痴っていた内容をアップしておく。
ここ数日検査入院で病院にいたためアップするまでに時間がかかってしまった。
記事は9/11〜13の間のものだ。

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私が最近気になったニュースや出来事を挙げると
① 簡易線量計の不正確さがなぜ今頃ニュースになるのか?
② 福島県の地方紙にいわき市長のコメントがなかったこと。
③ 鉢呂経済相の辞任について。
ということになる。

まず簡易線量計についてだが、かなり前から私はそれが正確な数値が得られるものだとは思っていない。私が利用しているDP802iは中国製で偽物が多い事で悪名が高いが、低線量の値に関しては、最初から取り扱い説明書に安定しないことが記載されていた。私は今いる場所といわきとを比較し、「高いのか低いのか?」ただそれだけを知りたくて退職金の中から購入したのだが、0.08から0.19の間をちらちらと動いているのを見て、さすがに最初「壊れているんじゃないか?」と不安に思ったりした。だが、或る時妻と二人でいわきの線量を量りに行くという事になり、線量計をバックミラーにぶら下げて車を走らせると栗子峠を越え福島飯坂から東北道に乗り入れるあたりで、それまで見た事もない様な数値が刻まれ始め、東北道を南下するにつれついに音が鳴った。それで私は購入した線量計は低線量地域では0.08〜0.019の間で安定しないが、それ以上の線量になれば十分機能することを知ったのだった。ちなみに富岡町から避難してきたご家族の「イクメン仲間」のお父さんも会社が購入したものだとのことで私と同じ線量計を携帯しており、見比べてみると私のものと全く同じ反応だった。つまり簡易線量計を利用する際に大切なのはその線量計のクセを知るということなのである。
私が「簡易線量計の不正確さ」を伝えるニュースが気になったのは、それを伝えた新聞が同時に「東京の人口も減少し始めた」と報じていたからで、首都圏における「放射能汚染からの避難」の動きに対する「抑止」としてこの話題を持ち出しているように感じたからだ。これ以上混乱を起こさず、事態が収束した事にしたいという何者かの意図が見え見えだ。

②に関してはちょっとしたエピソードがある。9/8に私は自動車免許の書き換えのために一人いわきに戻ったが、その講習の休憩時間に缶コーヒーを飲んでいる私の所に一人の男性が近づいてき来て、地方紙(おそらく福島民友か民報)を広げて見せた。その紙面には飯館村の村長や南相馬市の市長など福島県内の市町村長の今後の原発事故への考えや対応がまとめられていたようで(短い時間のやりとりだったので詳細はわからない)全面を使って掲載されていたが、33万の人口を抱え、原発周辺地域からの避難者と私たちのように県外へ避難する者が入り乱れるいわき市でなんとその市長のコメントがなかったのだ。その男性に「何か気づかねぇーが?」と聞かれたので率直に「いわき市長の名前がありませんね。」と伝えると「んっだっぺ!こんな事だから、俺らの市長は自宅に落書きされっちまぁーんだ!!」と彼は初対面の私にやり場のない怒りをぶつけたのだった。
原発推進派の後ろ盾があってこその当選だったと囁かれている現いわき市長だが、もしそうだとしても風評対策ばかりではいわき市民の不安や怒りは抑えきれないのではないか?自然に事態は収束すると考えているのか?広報いわき(いわき市の広報紙)には3月から放射能の「ほの字」もないという。渡辺地区に放射能に汚染された瓦礫の焼却灰が無断で埋められ、北部清掃センターではその焼却に住民の理解が得られないという。(煙突の煙から放射能がまき散らされないのかどうかそれが不安だという話しだが、確かその清掃センターは娘が通っていた保育園から2キロの位置にある)子を持つ母親は不安からデモを起こし、だがそれをメディアは一切取り上げない。どこに私たちが帰るための明るい材料があるというのだろうか。いわき市=“原発復旧作業の新たな雇用によってにぎわう繁華街”こういうポジションに甘んじていていいのか?

最後は例の舌禍事件。鉢呂氏は見たままを語っただけだ。福島県人は死の町と言われたから怒っているのではない。死の町にされたから怒っているのだ。そこを混同して私たちの神経を逆撫でしているのは官邸で張り付いているだけの記者たちの方だ。たった今原発事故の現状を目の当たりにしてきた人間がその熱を日常に甘んじている人間のただ中に持ち込んでしまった事で起った事件。その温度差こそが問題なのだと思う。「放射能つけちゃうぞ」はその溝を埋めようとした鉢呂氏なりの表現だったのかもしれない。それがあまりに稚拙で不器用だったというだけの事だ。そうだとしてもチクるのが仕事だと思っている記者の中にこそ退場するべき人間がいるんじゃないのか?

さて長々と書いたが、3つに共通して言えることは、いずれもマスコミやメディアに対する不信からくるものだということ。
懐かしのアイドルを引っ張り出してきたり、既得権を握る世代へ向けて「あの頃君は若かった!懐かしの童貞・処女喪失体験の特集」だとか、あげくの果てにマッカーサーまで持ち出して“いい国つくろう、何度でも”だなんて(“いい国つくろう、今度こそ”にして欲しかったな!)まずは彼らを懐柔して3/11以前の世界をまずはモニターや雑誌の中から修復しようとしているのかもしれない。
だが、原発事故をいくら過去のものにしようとしても放射能は残る。
それも過去のものとして蓋をするつもりなのか?

だとしたら、日本のメディアはもはや中国や北朝鮮以下だ。

2011年9月13日 (火)

応援するぞ!将来を想うハンガーストライキ!!

           


      愚痴を長々と書いていたら友人がメールで上のメ動画を送ってくれた。
                             (英ちゃんありがとう。)

      このニュースは大手メディアで伝えられているのだろうか? 

      伝えるどころかこの切実さをテレビが毎晩、毎晩せっせとかき消している。

      もう利権の亡者どもは表舞台から退場しろ。

      みんなでこの若者たちを応援しよう!

    ※ 彼らのホームページはURLを貼付けておきます。

     http://hungerstrike.jimdo.com/

      

2011年9月12日 (月)

She's always a woman

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                  今日はYさんの誕生日。
                
                  そして今宵は十五夜。

                  Yさん、おめでとう!

                  長井の夜を楽しもう。


           


2011年9月11日 (日)

半年たった。

              


今夜放送されたNHKの「巨大津波“知られざる脅威”撮影されていた衝撃映像」を見た。

「津波の本当の恐さを知らなかったんだと思います。」テレビの中で三陸町の女性が話していた。

慄然とした。

と同時に、「私たちは原子力事故の本当の恐さを知っているのだろうか?」とも思った。
原子力事故の恐さはこれから明らかになる。

その時、三陸町の女性と同じ言葉吐く事は許されないはずだ。

傲慢にならず、事態を侮らず、信条や思想を超え、叡智を結集することでのみそれは可能になるはずだ。

改めて、震災で亡くなった方々のご冥福をお祈り致します。

また、東北復興のために今も激闘を続けている方々に心より感謝致します。

2011年9月10日 (土)

46才

        

昨日は9/9は私の46回目の誕生日で、家族、兄弟、友人、以前の職場の同僚から沢山の方々から、メッセージをいただきました。 改めてこの場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございます。

夜は元洋食屋の妻が子供達と一緒に作ってくたピザで祝ってもらいました。久々でとても美味しかったです。

それと、昨日の朝日と、私が大好きな最上側沿いの写真です。110909_0542010001_2

皆さんこれからもよろしく。

ディランの名曲「フォーエバー・ヤング」を盟友ジョーン・バエズの声で。

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2011年9月 5日 (月)

また逢おう。

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3、4日の土日を利用して、友人夫妻が訪ねてきてくれた。

私たちはお互いがまだ何者でもない時代に友人となり、本当はそれはかけがえのないもののはずなのに私の不義理で再会には23年の時を要してしまった。

サークルの後輩だった彼は夫になり、サークルの先輩だった彼女は妻になっていたが、出会った頃のように彼はどこに行くのにもギターを背負い、彼女は美味しいものの前で目を輝かせていた。

つまり、ありのままの姿で彼らは大人になったということで、それは出来そうで出来ない事だ。

私たちは赤湯駅で再会を果たしてから、小さなワイナリーとぶどう畑を巡り、夜は兄が経営する居酒屋で地元の料理と地酒で再会を祝った。翌日は長井市の歴史を垣間見るべく、長沼孝三彫塑館&丸大扇屋を見学し、その後最上川沿いで鮎の塩焼きとそばに舌鼓を打ち、トドメは私が勧める珈琲焙煎所で思いっきり空振りしたあと(お休みでした…。)米沢で別れたのだった。

mimiさん、三鷹時代の話し、兄が感激していました。U君、訪ねてきてくれてありがとう。これからはしっかり連絡を取り合いましょう。今度は私が鎌倉へ行きます。その時はワインを飲みましょう。

※上の写真は酒井ワイナリーのぶどう畑がある鳥上坂からの風景。バードアップワインの由来はこの“鳥上”坂からだとか。それを教えてくれた後輩はワインエキスパートの資格まで取っていたのでした。ギターとワイン、相変わらずいいとこもっていくよなあ…。


2011年9月 1日 (木)

危ういな

作家の村上龍氏が“首相に何かを期待するのは間違っている。首相は監視する対象だ”と話していたが、至言だと思う。

野田新首相の顔を見て私が感じた事は2つ。

① 70年代のパニック映画で活躍するのは、それまで全く目に止まる事のなかった凡人であったということ。(現在の所彼はまさに凡人に見える。)

② 彼と私のどちらが先に痩せるのかということ。(就任中に彼のメタボがそのままであれば、それは 日本が脱原発に向かわない事を意味する。そんな気がする。)

野田氏がパニック映画のヒーローとなり、それに合わせて精悍に痩せていくことを期待するが、経団連の米倉会長がにこやかに新首相と会談している姿を見て、「危ういな」とも感じた。

これからテレビ、新聞、ツイッター、フェイスブックなどあらゆるメディアを総動員して原発継続、推進の大キャンペーンが展開されるかもしれない。(いや、もう始まっているのかも…)

龍氏は“期限と目標を数値で示せるかどうかがカギ”とも話していたが、まずはそこを含めて監視していこうと思う。

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