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2011年12月31日 (土)

レインボープランと虹の戦士No2

           

「地球が病んで動物たちが姿を消しはじめるとき、まさにそのときみんなを救うために虹の戦士たちがあらわれる…。」とはネイティブ・アメリカンの間に伝わる民話の一つだが、この話しを翻訳して日本に紹介した北山耕平氏はその前書きとして次のような文章を寄せている。以下、少々長い引用になるが一部を紹介したい。

世界各地の先住民の教えが伝えている。地球が病んで、動物たちが姿を消し始め、人々が健康を失って愚かな振舞いを始める頃、つまり、地球の変化が激しくなって「偉大なる浄化の時」が始まると、伝説や、物語や古い教えや、儀式や、神話や、太古の部族の風習などを、しっかりと守り続けてきた者たちの時代が到来すると。地球上の生命あるものたちの生存の鍵を握っているのはその人たちだ。(中略)

「虹の戦士」とは、その人たちを指す。虹の戦士たちは、誰からも命令や指示をうけない。戦士は「指示や命令がなければ動けない兵隊」とはまつたく異なるからだ。虹の戦士とは、自分が好きになれるような世界を作るために、何かを自発的に始める人たちだ。正義と平和と自由に目覚め、偉大なる精霊の存在を認める存在。日本列島は、母なる地球は、その人たちの到来を必要としている。虹の戦士たちは、この教えを地球に生きる人々に広めることになるだろう。…(虹の戦士『太田出版』前がきより引用)http://www.amazon.co.jp/虹の戦士-William-Willoya/dp/4872334795/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1325336335&sr=1-1

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さて、先日私は「レインボープランの関係者による忘年会があるけど参加する?」と理事の一人であるY氏から声をかけていただき、29日の夜、その会場へと足を運んだ。

だが、私の浮ついた気分とはうらはらにその会は和やかな雰囲気の中にありながらも、レインボープランから送りだした市議会議員のE氏の活動報告や、国を相手に反TPPの旗頭として活躍するK氏の現状報告などを含めた大変真面目なものであり、私のような新参者がこの場にいてもいいのかと恐縮することしきりであった。

その後は場所を変えて楽しいお酒の席となったが、このような席の中でも、語られていたことは、長井市の未来であり、長井市の自然をいかにして次の世代に引き継ぐのかであり、経済を物差しとしない豊かさのとらえなおしであり、それはすべて、動植物を含めた“命の循環”の話しであった。そしてまた、その“命の循環を理念とした町づくり”をいかにして全国に広めるかに至っては“今後の日本をどうするのか”に結びつくのであった。
「命の循環を掲げ、世界に冠たる長井市を作る」
「ちいさな世界都市、世界市民を作る」
「目先の活動ではなく、2050年を目指した活動」などなど。

これらが若者が酔った時に勢いで語る机上の空論的な理想論ではなく、十分に人生経験を重ね、着実にそれに向かって行動し続けてきた諸先輩方の口から聞かれた時の嬉しさといったらなかった。(逆を言えば、皆さん若者のまま大人になった方ばかりだということかもしれない。)

私は“虹の戦士”たちについに出会ったのだ。

普段私たちは、何か仕事に取り組む際には必ず目標数値が設定され、それが達成できれば評価され、達成できなければ評価されないという社会に生きている。

その手法は当然のように採用され続けているが、それは経済活動においては短期的に結果を要求される場面が多いからである。つまり“出来るだけ短い時間で金を生み出す能力”がもてはやされるということだ。

だがそれ故、逆に短期的に結果の出せる仕事にしか手を出さないということになれば、そこからこぼれ落ち、取り残されてしまう項目も現れる。

それは“伝説や、物語や古い教えや、儀式や、神話や、太古の部族の風習などを、しっかりと守り続ける”や“環境を保護する”ということである。

私はこれまでそれは行政の仕事だと漠然と考えていたが、首長をはじめ市議や県議も任期中に成果を要求されるとなるとやはり民間と同じ思考に陥ってしまうらしい。 環境保護などは何世代にも渡って経過を見ない限り成果などわからないからだ。(なんかあたりまえのことを書いているのかな?)

ネイティブ・アメリカンは7世代先の子孫のことまで考慮したうえで物事を決定するという。彼らは目先ではなく、もっと遠くを見ているのだ。
(バイク教習を受けている時に教官から言われた。“近くを見ると転倒する。遠くを見なさい”と。)

レインボープランが“2050年を見据えて活動する”などはまさにネイティブ・アメリカンのスピリットそのものである。

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私の母校の大先輩であり、大詩人の草野心平氏(私たちは親しみを込めて彼を“心平さん”と呼ぶ)は福島県の自然を愛し、数多くの作品を残した。
(特に川内村・平伏沼のモリアオガエルをモチーフにした作品は有名で“かえる語”で書かれた”ごびらっふの独白“などは彼のユニークな才能が全開で炸裂しており私は大好きである。)

だが、私たち福島県人は、個人商店ではなく大型量販店を受け入れることで、個人経営の小さな食堂ではなくファミレスを受けいれることで、雑貨屋ではなくコンビニを受け入れることで、商店街にならぶ八百屋や豆腐屋や肉屋や魚屋でななくスーパーマーケットを受け入れることで、泥付き大根ではなく漂白された真っ白な大根を受け入れることで、そして火力や水力発電所ではなく原子力発電所を受け入れることで、先人が愛し、先人から引き継いだものを放射能で汚してしまった。

私はそれを心から悔いる。

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長井に来た頃、人々の集まりに参加するとよく「長井の心」という言葉を耳にして気になっていたが、それが何を指すものかは、長井出身の芸術家・長沼孝三氏の彫塑館を訪ねた時に知ることとなった。
館内にはとても優しく温かいフォルムを持った作品群に紛れて、氏が生前記したという言葉が慈愛溢れる字体で額縁の中に飾られているが、そこには次のように書かれてる。

  長井の心

新しい長井橋の上に立って
周囲の景色を眺め更めて
その美しさ 大きさ 静けさを
見直された方も多いのでは無いでしょうか
この様なすばらしい自然の中に
生まれる風俗習慣は 当然
平和を愛し 共存を尊ぶ
心の表れとなるでしょう
私は日頃人間形成の最も
重要な条件は 故郷の
自然環境 そして 風俗習慣
であるとかんがえて居ります
長井に生まれ 「長井の心」で
育ったことを誇り 感謝
して居ります
昨今世紀末的な 倫理の
崩壊が叫ばれて居る時
二十一世紀に向けて「長井の心」
こそ世界の心の原点として
大きな役割を果たすものと思います
「長井の心」は世界の宝
     大切にしましょう

私はこの言葉に賛同する者である。“長井”を“福島”や“いわき”にそしてこれを読む人がそれぞれの故郷の名に置き換えても全く違和感がない。もちろんそれが“日本”であっても。

それをどのように発信して人々の心を呼び覚ますのか。
その力になりたいと思う。

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