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2012年2月

2012年2月27日 (月)

2/27深夜

             


私に強い影響を与えた女性。それは母だ。

どんなに深刻な状況でも笑い飛ばしていた。蝕まれている体を抱えていても不安な姿など少しも私には見せなかった。

放射能汚染のこともきっと意に介さなかったことだろう。

母は4年前の2/27深夜に他界したが、死亡確認が0時を過ぎたため命日は2/28となっている。

だから今日中にこの記事をアップしたかった。

当時二人の兄から「任せきりにして悪かった」などと言われたが、最後の日まで母と暮らせた自分は幸せ者だと感じている。
(“側にいた者程後悔が多い”というのもその通りなのだが…。)

今年は命日に墓参できそうにないが、許して欲しい。

合掌。

2012年2月26日 (日)

日本は原発を稼働できる国ではない。地球は原発を稼働できる星ではない。

           

福島県いわき市には原発と戦う市議佐藤和良さんがいる。そのFBから。


2012年2月23日 (木)

双葉断層は福島第一原発の裏を通っていわき市にまで伸びているNo2

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双葉断層とは言いながらネットやテレビでは断層のラインが宮城県亘理郡亘理町から福島県相馬市を経た原町市にまでしか伸びておらず、それを不信に思った昨年の8月、私は“双葉断層は福島第一原発の裏を通っていわき市にまで伸びている”
http://hopi-09.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-e903.html
との記事をこのブログに載せた。

数日前、東北大学の趙大鵬教授らが福島第一、第二原発の近くを通る「双葉断層」で今後巨大地震が起る可能性があるとの論文を欧専門誌に発表したこともあってか、このブログ内の「人気記事ランキング」に上記の記事が突然顔を出した。

それで私は再度この件について調べてみる事にした。それもyahoo! Japanの知恵袋を使って。

私の疑問は二つあり
① 双葉断層と双葉層はちがうのか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=1181909331
② 双葉断層はどこからどこまで伸びているのか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1282077372

どちらにも明確な回答があり、私は日本には実に沢山の人がいる事を改めて思い知らされた。そして答えをくれた皆さんにここでお礼を言いたい。
「ありがとうございました。」

私は今回の回答を見て、断層と地層の違いを知り、双葉断層がいわき市にまで伸びているとの認識が間違っていなかったことを確信した。


2012年2月16日 (木)

私のアルカディア

           

明治時代にイギリスの女性旅行家イザベラバードが日本の東北~北海道を旅した際に、山形県置賜地方の風景を「東洋のアルカディア(理想郷)」として、旅行記の中で絶賛している。

昨年3月に避難してきて以来、私もこの地方の自然の美しさに目を奪われ続けているので、この百年以上前の女性イギリス人の意見に異論を挟む余地はない。

反原発を訴えた市民科学者・故高木仁三郎氏はその著書「いま自然をどう見るか」の中で、プロメテウスがゼウスの神から盗んだ“火”の文明はその後原子力の利用へとつながる事になり、そこからの転換を図る際に必要になるのは「自然に対する“感応力”=自然感受性」とでも呼ぶべき力だと述べている。

私は以前にもこのブログで“復興は復元ではなく転換であるべき”と書いたが、高木氏の言葉通りなら私はその“転換”に必要な力を養うには絶好の場所にいる事になるだろう。

豪雪とはいえ、たまの晴れ間に見える朝日連峰、飯豊連峰等の雪景色は私の精神に強く働きかけるものがあるし、農場で大根を洗う際には毎回白く変身していくその姿に惚れ惚れしたりしている。まだ長井での生活は一年にもならないし、農場のお手伝いをしたぐらいでえらそうに言えるものでもないが、確かに私の中の自然感受性の高まりを実感する毎日だ。

この感受性の高まりの果てに何が待っているのだろうか?

震災&原発事故後、この国を個人の富の追求の場としてではなく、人が互いを慈しむ相互扶助的な場所に変えようと多くの人が思っただろう。そしてそのような行動も垣間見られた。今は皆何喰わぬ顔をして3.11前のような姿をしているが、“転換”への芽が摘み取られたわけではないと思う。

私もこの東洋のアルカディアで力をつけようと思っているがその力が“自然感受性”ということなら、これからも楽しく毎日を送れそうだ。まずは自分の生活のめどをつけることが最重要課題だが、豊かさを金で量ることはしないつもりだ。

最後に全く話しは変わるが、長い間私にとっての“アルカディア”とは松本零士の傑作アニメ「宇宙海賊キャプテン・ハーローク」に登場する宇宙船のことだった。親友大山トチローとともに造り上げたこの船でハーロックは堕落した地球に住む親友の娘を救うために戦う。

“東洋のアルカディア”がこの国難を救う。私はそんな夢も見ている。


2012年2月11日 (土)

木村拓哉はジョン・レノンになれるだろうか?

             
             
もし、日本のアイドルグループのメンバーが反戦や反核、反原発といった国家との対決姿勢を打ち出したらどんな事になるのだろう?

昔はキャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」とステージで宣言して解散してしまったり、山口百恵が三浦友和との結婚宣言後に引退したということが世の中をにぎわせたものだが、現代の若者なら「何でそんなことで大騒ぎできるの?」って感じだ。

トップ女優の黒木メイサの妊娠発覚で赤西仁が事務所に事後報告なんて、昔だった大スキャンダルのはずなのに現代では「ふ〜ん」てな感じだろう。(俺は違う!今朝の新聞のSUBARUの全面広告のモデルは黒木メイサだった。クッソー赤西、俺の許可も取らずに…。)

アイドルを含め芸能人は身を持ち崩す方ではもはや何でもありの状況のようだが“志が高い”故にはみ出して行く奴はいなのだろうか?

海外に、そして過去に目を向ければ私たちは巨大な前例を目撃することができるのだが。

その前例とはやはり20世紀最大のアイドルグループ・ビートルズだ。

1965年人気絶頂のビートルズはニューヨークのシェイ・スタジアムで55600人の観客を集めた野外コンサート(世界初のスタジアムコンサート!)を成功させ、その年の10月に、メンバー全員がMBE勲章を授与されたりしている。

だが、アイドルとして全盛を極めたこの年に発表されたアルバム「HELP」には当時アメリカで社会問題を告発するプロテストシンガーとして脚光を浴びていたボブ・ディランの影響とされるナンバー「You've Got to Hide Your Love Away(邦題『悲しみをぶっばせ!』)」がジョン・レノンの手によって盛り込まれており、ジョンはこの頃からすでに何かを言いたくてウズウズしていたことが聞き取れる。(そもそもHELPという大ヒットナンバーが当時の心情を激白したものだったと後にジョンはインタビューで語っているが。)

翌年ジョンはかの有名な「キリスト発言」によって物議をかもすことになり、その後ヨーコと出会う事により彼はますます社会的な発言を強めていくことになるのだが、その後の反戦活動に至っては書くまでもないのでやめる。

なぜこんな事を長々と書いてしまったかというと、今日たまたまSMAPの「僕の半分」をネットで見た際、それが齋藤和義の手によるものだと知って、ふとディランをパロッたジョン・レノンを連想してしまったからである。

齋藤和義はこの原発事故のあといち早く反応を示し、自らのナンバーを替え歌にして反原発を訴えた、現在のところ唯一のメジャーレーベルで活躍するロッカーだが、そのアーティストの作品をあえてこの時期にSMAPが取り上げたのには何か意図はないのだろうか?

SMAPといえば言わずと知れたトップアイドルグループだが、これまでのヒット曲に関しては楽曲を提供するアテーティスの選択に定評があり、過去に「夜空ノムコウ」を取り上げた際には当時まだ認知されていなかった、作家スガ・シカオを楽曲共々広く知らしめた例がある。

そのSMAPが齋藤和義である。トップアイドルグループが反原発を声高に訴えるわけにはいかないのはわかるが、あえて齋藤の曲をここで取り上げるのは後ろからこの「反原発ロッカー」を支持している格好だ。

それにキムタク。一人だけ腰掛けてアコースティク・ギターを弾くなんて、明らかに何かを訴えたそうに見えるのだが、それは私だけだろうか?

絶対にありえない話しだろうが、私はSMAPが「僕の半分」ではなく、「ずっとウソだった」を取り上げ、それを歌うキムタクの後ろでメンバーが踊りまくる姿が見てみたい。EXILEにはダンスでかなわず、嵐にトップの座を奪われたかに見える彼らに残された最後の手段はプロテストアイドルの道ではないのか?

そのためにはキムタクにもヨーコ・オノのような活動家の妻が必要なのかもしれない。

キムタクがジョンにというよりは、静香がヨーコになれるかって話しかな、これは…。

※偶然だけど齋藤和義の映像が終わると桜井君やブルーハーツが続き、反原発ソング特集といったラインナップが続く。木村君、せめて桜井君ぐらいならやれないかなぁ?

2012年2月 6日 (月)

これでいいの?

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双子の兄が2006年から主宰しているブログ「ペンギンビート急行」の2月1日の記事「届かない絵」には幅広い活動で知られる画家ベンシャーンの作品展が福島で開催される際に起きたある出来事が記載されている。
(詳細はこちらのURLをクリックして下さい。)
http://penguin-pete.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-8cee.html

ベンシャーンは第五福竜丸の事件を描いたことでも知られる画家だが、兄の記事で話題の中心となっているのは第二次世界大戦終結後の瓦礫のパリで、虚ろな目をして遊んでいる子供たちの絵「解放」についてだ。

“この絵は今の福島と同じだ”と言うある学芸員の言葉とともにこの絵が紹介されているが、この絵も含め、他の日本の美術館では展示されたベンシャーンの500点の作品のうち70点あまりが放射能を理由に「福島入り」できないという。

フェイスブックでも同じ話題がのぼった際に私は
「絵画で描かれている子供たちでさえ行けない場所に生身の子供たちが今も生活しているというこの現実をどう考える?
絵画が保護されて生身の子供が保護されない。この現実をどう考える?」とコメントしてみた。

高名な画家の絵とはいえ、生身の子供の命よりも価値があるとは思えないのだが。

※上は和田誠による反原発ポスター。なせだかとてもせつない。

2012年2月 4日 (土)

帝国の逆襲〜メディア・ファシズムを撃て〜

             

「俳優の渡辺謙が、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム(WEF: World Economic Forum)に参加して、脱原発を訴えた。」との出来事を私はフェイスブックの友人を通じて知った。
なんでも過去には人気ロックグループ「U2」のボノ、米女優シャロン・ストーンらが参加したことで知られるこの会議で日本の芸能人がスピーチを行うのは初めてとのことで、ここまで聞けば日本人の一人として、そして福島県人として誇らしくもあり、ありがたくもありといったところだ。

ところが今ネット上では、この出来事はスピーチの内容よりも、彼が脱原発を訴えたくだりを日本の大手メディアが報道しなかったことに批判が集中している。
http://matome.naver.jp/odai/2132807578352816801

大手メディアは再稼働をもくろむ原子力帝国に気兼ねして報道を差し控えたというのが大方の見方だが多分その通りなのだろう。
この出来事だけ見ても「帝国の逆襲」が着々と進行していることが伺える。
(『原発の運転期間は原則40年、例外的にさらに20年延長可能』が法案化されてしまった!)
情報リテラシーがなければ原発の現状など知る由もなく、以前このブログでも書いた通りテレビの影響力は多大で、日本各地の美味しい食材の紹介とお笑い番組の垂れ流しで日本中がすでに震災&原発事故を過去のものにしてしまったようだ。
このままだと「原発事故など騒いだわりにはたいした事ではなかった…。」といいう空気に日本中が染まるのも時間の問題だ。

だが、実態は180°違う。4号機の使用済み燃料プールが崩れ落ち、原子炉の3機分の量の使用済み核燃料が溶け出せば被害は今回の事故どころではない。ささやかれているような北茨城沖や房総沖に巨大地震がくれば今度こそ日本中が放射能にまみれるのだ。
(この3月から原発による健康被害が表面化するだろうとの肥田俊太郎先生の指摘もある。)

4歳の娘がテレビばかり見て我がままばかり言うのに腹を立て、10日間程テレビを兄の家に預けてしまったが、その間娘はひらがなが読めるようになり、字も書き始めた。

私たち大人にもテレビを消して身につけなければならない能力が確かにある。それを携えて「ジェダイの復讐」を試みなければならない。

※渡辺謙のスピーチ全文はこちら。絆の大切さを訴えるスピーチ。私も絆結びのプロジェクトの立ち上げを検討している。

http://www.tokyo-np.co.jp/feature/news/davos.html

2012年2月 1日 (水)

ふるさと

            

川内村が帰村宣言を出した。賛否があるようだがここで是非は問わない。だが、聞くところによれば村に帰れない人々のために村を再開するという。

帰るべき故郷(home)があるというその事実だけで人はアウェーでも強く生きられるという考え方には不思議な説得力がある。

故郷に対する想いは世界共通。もしそうであるならローカリズムこそがグローバリゼーションのベースであるはずだ。

真のグローバリズムとは、一瞬で多く人々から故郷を奪うようなものに支えられたり、相手国の事情を無視して一部の企業や投資家の利益に組するような条約を結ぶこととは全く関係がない。

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