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2012年5月 1日 (火)

若葉のころ

    


一昨日の夜、NHKで「世界から見た福島原発事故」を見た。

その中であるドイツ人男性が「チェルノブイリの時、父親達は何も変えなかった。そしてその後も原発は増えた。今回フクシマの事故があり、子供達から『お父さん達はそのとき何を変えたのか』と問われたら答えられるようにしたい。」と話していた。(確かこんな内容だったように思う…。)

番組では、アメリカ、スイス、ドイツを取り上げ、安全性を強化する国や脱原発を決定した国などそれぞれの対応について紹介していたが、「我が国は? 私たちは? 私は?」との気持ちに駆られた。

私たち家族の生活は昨年の3.11以降それまでとは全く違うものとなったが、それは義曾祖父、義父母、妻(そして愛犬!)が子供の安全を最優先させるという私の意見に賛同してくれたことの上に成り立っているものであり、そうしてくれたことに私は心から感謝している。

国は過小評価という誤った方法で国民を安心させようとしているが、私は今回の事故は事故直後からチェルノブイリ以上の事故と認識している。つい先頃チェルノブイリで溶け落ちた核物質を取り除くのに今後100年かかるとの報道があったが、チェルノブイリより複雑かつ破壊数を上回るフクシマは300〜400年以上かかるだろう。30〜40年なんて絶対に嘘だ。(どちらにして私はその収束をこの目で見る事はないだろう。)
まして事故はまだ継続中であり、私たちの現在の生活は紙一重の状態で保たれているにすぎない。

私たちは子供たちに巨大な負の遺産を背負わせながら、何をしようというのだろうか?

よく一人前の大人になる事を「自分で食べていける人間」などという言い方をするが、これからは「安全な食べものを作れる人間」と言い方を変えたらどうだろう? 
そうした場合私たちの国に一人前の大人は何人いるのだろう?

私はそこをそのように変えることを、子供達の希望の担保としたいと考えている。

今日から五月。長井の町は花と新緑でいっぱいだ。この季節を迎える度に胸をときめかせて生きていけるようなそんな世界を子供達に残したい。

自然の美しさに触れる度、真剣にそんなことを思うようになった。

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