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2012年6月24日 (日)

見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい

          


ここ一週間はとても忙しくしていて、このブログをほったらかしにしてしまった。
ついに始まった収穫&出荷作業。それに加えて交流事業が重なり食事をとる時間もままならない程だが、この感覚は何かに似ている。
チェルノブイリ原発事故から2年後の1988年、大学の友人たちと反核をテーマにしたイベントを開催すべく奔走していた時のそれだ。

そのイヴェントに出演・協力してくれた「映画 ホピの予言」の監督宮田雪や詩人の諏訪優、当時まだ10代でロックミュージシャンの川村かおり、音楽評論家&ミュージシャン&平和活動家で私にとって悪友でもあり兄貴分でもあった下村誠。皆既に故人となってしまったが、吉田ルイ子や樋口健二、友部正人やStreet Beatsは今だ健在だ。

私の今回の活動の原点にはあの日あの時の彼等とわかちあった思いがある。そして当時から原子力発電の危険性を訴える側に身を置いた者として、何事もなかったかのように原発再稼働を目論む野田政権には改めてNOをつきつけたい。「NO! だよ野田さん。あんた何処の誰を見て政治やってんの?」

昨日開催した交流会の中で避難体験を語ってくれた仲間の一人は、行くあても無く故郷からの脱出を試みようとする「延々と続く自動車のテールランプ」の光景が今だに悪夢として頭から離れないと述べた。また二人の子供を抱えて避難した母親は車を運転しながら「自分が死んでしまうんじゃないか」という感情が波のように定期的に襲ってくることに抗えなかったと、今でもそれを思い出すと震えると涙ながらに語った。

私は同じ団地で身近に彼等と生活を共にしているが、この人たちの身体の中にこれ程の恐怖の熱を置き去りにしたまま事故を風化させようとする政府・電力会社・マスメディア、そしてそれについまたぞろ乗せられて見てみないふりを決め込もうとする人々をどうしたら変えられるのだろうと考えている。なぜなら私の中にもまたそうしたがる何者かがいるからだ。

原子力エネルギーから自然再生エネルギーへとハードが転換を果たすまずその前に、ソフトである私たちの“価値観”や“思い”が転換を果たす必要があるのだろう。

交流会で配布する式次第に私は以下の文書を寄せた。

●一避難者からのメッセージ 

復興は復元ではなく転換。
震災&原発事故後ずっと考えていたのはそのこと。
これだけ取り返しのつかないことが起きていながら(起こしていながら)3.11以前の自分、生活、故郷、国のそれぞれの姿に戻ることなどかなわないと思った。

復元ではなく転換。
それは経済優先から生命優先の生活に皆でシフトすることを指すが、ここ最近の風潮を見渡すと私はあまりにもナイーヴすぎたようだ。
原発再稼働、TPP推進、消費税増税… まるで1年前の出来事などなかったかのようにこの国大人たちは経済優先で物事を進めている。

私たち福島県人は切り捨てられたのか?すでにネット上には「棄民」なる言葉も踊り始めているがもしそうなら、とてもとても惨めな気持ちになる。

だが救いはある。
100歩も200歩も譲って今回の出来事を前向きにとらえようと試みる時、私は一つの言葉にいきあたる。それはマハトマ・ガンジーの

「見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい。」

というものだ。
この言葉を実践出来る場所に今自分がいることを喜びにして生きてみるというのはどうだろう?
またしても私はナイーヴすぎるのだろうか?それを通り越して馬鹿なのか?自分ではよくわからないけれど、私は福島県の同胞たちにまさに「馬鹿にならないか」と呼びかけたい。世の中を変えるのはいつの時代も「よそ者、馬鹿者、変わり者」だから、馬鹿ものになれば3つのうちの前から2つをカバーできるし、2つそろえば、多分変わり者だろう。

おまけに「いのちの循環」をうたい、まちづくりを行う長井市の方々は“生命優先”の大先輩だから“転換”を図るには最高の条件が整っている。

今日の交流会を通して、避難者、長井市の方々双方の胸の内で小さな変化がおこるなら、それを種にして何かが育つかもしれない。そして長井から世界が変わるかもしれない。

今年1年の交流事業の始まりに、私はまたしてもそんな期待を抱き始めている。
みなさん、宜しくお願い致します。
                                    村田 孝
 この事業は、山形県置賜総合支庁の「避難者交流推進事業」の受託事業です 

この文章には“祈り”とともに“怒り”も込められている。今福島県人が怒らずして誰が怒るというのか? 

ということで上の画像は日本パンクの至宝Street Beats。
怒りにも正当な怒りというものがあるはずだ。

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コメント

 今日は、昨日の交流会の疲れで遅く起床。昨夜の写真を整理しようとしていたところに隣のご主人が亡くなったとの知らせが入り、隣組の習いでご葬儀などの準備に入る。
 夕方5時から、、吉村知事の後援会総会に参加、避難者との交流会の様子・画像2枚を添えてをお伝えし喜ばれましたした。
 夜帰宅、貴方と同様ばたばたが続いたので、少しアルコールが入っただけで眠りこけてしまい、目を覚ましたら今ごろの時間になりました。
明日にも、昨夜の画像を送りますので、貴方とFBにも分けて使いましょう。
 それにしても、予想を超えた盛り上がり、参加者の皆さんに喜んでいただけたので疲れが吹っ飛んだ感じです。(24日)

お疲れさまでした。わたしも疲れ気味でしたので昨日は少しのんびり過ごしました。FB、ブログの件了解です。

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