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2012年8月

2012年8月31日 (金)

8月終了

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8月の半ばから後半にかけてはいろんなことがあった。ある度書ければ良かったのだが筆の遅い私では全てを書ききることができない。
という訳で二つだけ記しておくことにする。
まず、福幸ファームを手伝ってくれていた避難者家族(ふた家族)が長井を去って行った。ひと家族は今後の原発に不安を感じてのことであり、もうひと家族は父親(夫)と離ればなれの生活は子供のことを考えるとこれ以上続けるべきではないとの判断だ。周囲がとやかくいうことではないし、多分10家族あれば10の判断があるのだろう。(今回の避難者支援の難しいところだそうだ。)そしてその全てが正しいと思いたい。今後の幸せを心から祈る。

次はというと、兎に角多くの人に会い話した。キリスト教のシスターから曹洞宗の僧侶(東大出身!)、駒沢大学の先生(東大出身!!)東大の准教授で経済学博士の先生、神戸国際大学の先生(世界一受けたい授業に出演!)弁護士の先生に、馬肉のバーニックながい…。そういえば今日は以前お世話になったテレビ局のアナウンサーの方から電話をいただいたっけ…。
何がどうなっていくのかよくわからないけれど、「何か良いことをしたい」と考える人が沢山いることだけはわかった。その方々と今後どのようにつながっていくべきか真剣に考えなければと思う。

とたったこれだけを書いたところで眠くなってきたのでやめます。明日も早朝から収穫。がんばろうっと!


2012年8月22日 (水)

友よ答えは川下にある

              

権威は川下に降りている。教師ではなく生徒に、経営者ではなく労働者に。そう。まさに「事件は現場で起きている。」のだ。(ちと古いか?)
その事態は情報技術の発達により引き起こされたものだが、それを自覚し“川下”からの情報を正確に吸い上げ指導や組織運営に活かしてこそ、リーダーはその組織を時代にマッチさせフレキシブルに対応することを可能にするのである。(これはコーチングを活用した組織運営の基本である。)

今日、野田首相が反原発市民団体と面会する一部始終をユーストリームで見たが、首相はこれを上記したような機会ととらえ今後の政権運営に市民団体の意見を活用出来るのだろうか? 

私が見た限りではとりあえず形式的に面会し、市民の声に耳を傾けたという既成事実作りのパフォーマンスのようにしか見えなかった。(おそらくそうなのだろう。)

私は「安全性の基準」をクリアして正常に原発を稼働したとしても、核廃棄物処理の問題が解決できない以上原発は全基廃炉にすべきという立場をとる者である。その問題に蓋をして「ストレステスト」や「電力量」などを論点に据えるのは国民の目を欺く「煙幕」にすぎない。そして未来の子供達を思えば、私たちには煙にまかれている暇などないのである。

そもそも、もし本当に首相が「川下の権威」から情報を得たいのであれば、今回の市民団体ではなく、原発作業員たちと面会するべきではなかったか? 私が首相なら絶対にそうする。

なぜなら私は現在国を動かす程の「権威」を所有しているのは、今日も福島第一原子力発電所で収束作業にあたっている原発作業員をおいて他にいないと確信しているからだ。

彼等が集団で作業をボイコットでもするようなら、世界は確実に終わる。

その事実を踏まえたうえの政策を直ちに打ち出すべきだと思うのだが、今日のやり取りを見る限り、首相にもまた「気づき」を促すをコーチングが必要なようだ。

「首相、そこからですか…。」って感じなのだが。

とりあえずへぼコーチの私だが首相には以下の言葉を贈ろう。

“荒海は、リーダーシップを試す本物のテストである。
穏やかな海では、どんな船長もいい船長だろう。”
(スウェー
デンのことわざ)

曲はボブ・ディランの「ジョーカーマン」

2012年8月20日 (月)

ツルムラサキとモロヘイヤのお盆

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このお盆中は故郷いわきには帰らず、農作業に従事していた。大学を卒業しいわきで就職して以来23年間、迎え火と送り火を焚かなかったのは初めてだ。昨年のブログには迎え火と送り火を焚く事にムキになっている自分がいるが、今年は最盛期を迎えた福幸ファームのツルムラサキとモロヘイヤを何日も放っておくことができず、お墓参りをする長井市の方々を横目で見ながら収穫と除草の日々となった。

私の代わりに東京に住む双子の兄が迎え火と送り火を焚いてくれた。
黄泉の国から舞い戻った祖父母、父母は私と兄の違いに気づいただろうか?

2012年8月 8日 (水)

父の命日

             

家を飛び出し、以来生涯に一度も父の顔を見る事も、口をきく事すらもなかった事を心の隅で悔やんでいる男レイ・キンセラ。

ある日“ある声”に導かれ自分の畑を潰し野球場を作ってみると、野球選手だった若き日の父が現れる…。

私が父を亡くした1989年に劇場で公開されていた映画「フィールド・オブ・ドリームズ」。

地元の社会人野球で馴らした名選手を父に持ち、高2で野球を辞めてしまった“ちゃらんぽらん”な自分の姿と当時だぶらせて見た覚えがある。

もし今、父と会ったら私は何を話し、何を言われるのだろう?どうするだろう? 全く見当もつかないが、多分、何も話さず、キャッチ・ボールをするにちがいない。 

言葉を使うよりその方が多くのことを伝えられると思う。

2012年8月 5日 (日)

能力総動員

        


黒獅子にもぐったり、花火大会を見たりと8月に入りとても濃い毎日を送っている。本当はその一つ一つをこのブログに書くべきなのだろうが、なかなか書けない。

言い訳になるが猛暑の中、福幸ファームの収穫&出荷&除草を繰り返し、仕事を終えると風呂に入り汗と泥を落とし、ほとんど反射的に缶ビールに手を伸ばすと後はアルコールが細胞に染み渡って行く快感に身を任せるだけという状態でパソコンの前に座る事が出来ない。

でもその毎日はとても充実感があつて、むしろ言葉が入り込む余地がないというのが真実かもしれない。ホントに何も言葉が出てこない。スキューバー・ダイビングで熱帯の海を潜ったり、オートバイでコーナーに突っ込むのに似ている。

去年は8月から職業訓練が始まり、自分が長井の町でどのようにして生きて行くのか想いを巡らせていたのが嘘のようだ。

現在でも先行きは不安だらけだが、避難者であろうとなかろうと、そもそも誰もが漂流者なのだ。

惰性では生きられない、能力総動員の日々。

その先に何があるのか見届けてみたい。

2012年8月 1日 (水)

長井市の「ぼくらの文楽」

             

私にとって忘れられない「8月」がある。それは1988年8月8日を中心に10日間長野県八ヶ岳で行われた「いのちの祭り」が行われたあの「8月」だ。

http://www.geocities.jp/singingstone4/matsuri88.htm

ホピ・インディアンや喜納昌吉、カルメン・マキやまだ無名だった上々颱風、たまと過ごした夏。10日間繰り広げられる多彩なワーク・ショップや講演、演奏に触れる中で未来を考えるとても貴重な体験だった。

そんなイベントが長井市でも昨年から10年計画で始まっている。
http://www.bokuranobungaku.jp/2012/about/

個人的に昨年はいわきと水戸で友人が経営するライブ・ハウスが音響をまかされたとのことでかすかなつながりもあり関心がある。

脱原発後、自然エネルギーに変えてもこれまでの生活を転換できなければまた新たな問題が発生するだろう。ハードのみならずソフトも転換を図らなければ。

そんなことを考えるきっかけとなるイベントがレインボープランの町、長井で行われる。

何かが始まる予感がするのは私だけだろうか? 私の中で1988年8月8日の八ヶ岳がそうであるように長井市が多くの若者の「聖地」になることを願う。

歌は昨年の出演者七尾旅人の「8月」。


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