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2012年9月 9日 (日)

2012.9.9のブルー

            

公益財団法人・日本生態系協会会長の「放射能雲の通った地域にいた方々は極力結婚しない方がいいだろう。」「結婚して子供を生むと、奇形発生率がドーンと上がる。」との発言が問題視されている。
言い方ってもんがあるだろうと思うが、実は1年半前に避難する時一瞬頭をよぎったのがこの発言に代表される意識が日本人の中に生まれ、そのような空間で生きて行くことになるであろう娘や息子のことだ。

原発事故直後、私の脳裏をよぎったのはチェルノブイリ原発事故後数年して伝えられた上記の発言につながる悲劇のことであり、そして仮にそれがなくても、“究極の風評被害”が我が子たちの人生を左右しないようにということだった。

私の友人がアジアンカンフージェネレーションの後藤正文が主宰する「The Future Times」創刊号の「福島からの言葉」というコーナーでインタビューを受け同じことを話している。(いわき市在住夫40代自営業 水戸市避難中妻30代自営業が彼。)
http://www.thefuturetimes.jp/archive/no01/fukushima/

私はここで自分たちの想定に誤りが無かったことを誇りたいわけでも自慢したいわけでもない。
危機に対する「知識」と「想定」がいかに大切であるかということを改めて確認したいだけだ。

私は原発事故に対する知識などそれほど持っていたわけではないが、チェルノブイリ原発事故が起きた後、当時、大のロックフリークであった私や先に挙げた友人(彼は現在ライブハウスの経営者である。)はRCサクセションやブルーハーツ、佐野元春など日本のアーティストたちが盛んに取り上げていたおかげで原発事故に関心を持ち、それを自分たちの世代の問題として捉えることで青春時代の一時期を過ごすという経験を持つことができた。
(ありがとー、清志郎、ヒロト&マーシー、佐野君!)

(それが高じて、広島原爆の燃料が採掘されたというネイティブ・アメリカンの居留地にまで足を運ぶことになったりもしたが。)

比較的早い時期に避難行動をとり、この事故にまつわる差別意識の発生が想定できたのはそのような事情によるが、現在私たちが「知識」を持ち、「想定」しなければならないことはないのだろうか?

私は「ある」と思う。

それは当然「4号機」に対する知識と想定だ。

国は一切そのことには触れないが、もし4号機が倒壊したら1〜3号機の収束作業も放棄することになるから何処に逃げても無駄だということなのか?

一体私たちはどうするのだろうか?

国や各自治体はその時を想定して避難計画を策定するべきじゃないのか? 

その時が来てもまた自己判断なのか?

子供たちをどうするのか?

あなたはどうするつもりなのか?

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