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2013年1月

2013年1月22日 (火)

鐘が鳴ってる

鐘が鳴ってる。僕には聞こえる。でもまだ「金が生っている」って人が多いみたいだ。
除染作業も利権。原発推進側の資金源。
福島県と原発の安全神話の復活。
マスメディアは嘘の上塗り機関。

なんてこっちゃ。

2013年1月 7日 (月)

「ならぬこと」が今日もまかり通る

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昨年末に福島県は現在避難者を受け入れている各自治体に対して今後福島県からの新規避難者の受け入れを停止するよう要請を出し、これにより県内で不安を抱えながら生活している福島県民が県外に避難しても「災害救助法」に基づく借り上げ住宅制度が受けられない事となった。

その一方で、環境省は原発事故で生じた高濃度放射性廃棄物を焼却する実験的施設の建設を福島県鮫川村で始めた。各地で処分が滞っている汚染稲わらや牧草の処理モデルを目指すという。ところが村は建設予定地の住所さえ公開せず、近隣住民から「恒久的な施設になるのでは」と不安の声が上がっている。(太文字引用)

(ちなみに鮫川は私の故郷であるいわき市にとって「生命の水」の源であり、環境省がその水道水源地に焼却施設建設を始めていることで、いわき市民からも反対の声が上がっている。)

上記した二つの事実だけでも、国と福島県は県民に対して被曝する可能性・危険性を知らせず、県内に踏みとどまらせる「被曝の強制=ジェノサイド政策」を押しつけ、それが現在も施行中ということになる。

(原発事故後SPEEDIの情報が公開されなかった事で、私の国や県に対する不信は決定的になっており、このようにしか受けとめられないのだ。)

これだけでそう言いきってしまうのは危険だし、勿論、福島県の復興を押し進めるべく、県内に留まって力を尽くしている同胞の方々の活動に水を差すつもりはない。

だが、上記した考えが私の中にあるように、避難形態の違いや汚染濃度の違いによる意識の格差、年代的な考え方の違い、ネット利用者とそうでない者が得ている情報の違いなど、あらゆる立場とあらゆる考え方が発生している福島県内において(本当は日本全体がそうなのだが)、それぞれの現場で非人道的な政策や決定があって、それに対する憤りが沈殿しているようなのだ。

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昨夜大河ドラマ「八重の桜」を見た。もともと別のドラマが決定していたにもかかわらず、震災&原発事故を受け「復興」の意味合いを持たせるという理由で急遽内容を変更して、福島県を舞台にしたといういわくつきの大河ドラマだ。

事故後、早い時期にこの発表があったときは心底いやな気分になったことを覚えている。そしてその時の気分はまだ私の中にはある。確かにある。

会津が舞台となればキーワードは「ならぬことはならぬ」であることは容易に想像がついたし、実際第一話のタイトルはまさにそれであった。

藤原正彦氏が「国家の品格」のなかで「ならぬことはならぬ」を取り上げたのは、「子どもを育成する際、理屈だけで対処しようとしてはならない。理屈があろうがなかろうが『ダメなものはダメ』という姿勢が大人には必要だ。その点で会津藩の什の掟は優れている」というものだったと記憶している。(私も自分があずかっていた校舎で各教室にこの教えを掲示いていた。)

原発とTPPこそ「ならぬこと=ダメなものはダメ」に他ならず、その他にも上記したような非人道的な政策がまかり通る(通りまくりの)この国で「什の掟」をキーワードにしたドラマなどどうして成り立つというのだろうか? 

かつてハリウッドの西部劇がインディアンを「ジェノサイド」するためのプロパガンダ映画だったことは良く知られていることだが、そのような180°真実と異なる映画の中にも一つだけ真実があった。それは
「インディアン嘘つかない!」
という台詞である。

私は「ならぬことはならぬ」がそれと同じ運命を辿らない事を祈っている。

(綾瀬はるかちゃんをおかしなプロパガンダに利用したらただじゃおかない!!)

「ならぬことはならぬ」のである。


2013年1月 3日 (木)

脱グローバリズムのための読書

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http://www.amazon.co.jp/いよいよローカルの時代―ヘレナさんの「幸せの経済学」-ゆっくりノートブック-ヘレナ-ノーバーグ-ホッジ/dp/4272320351/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1357047901&sr=8-2


このブログを始めたのは原発事故からの避難生活の初期の頃で、当時は原発事故により剥がれかかった化けの皮を必死に取り繕おうとする国や経済界に対しての怒りと、事態の深刻さや真実から目をそらしお笑い芸人とグルメ番組に収束されていく世間に対しての苛立ちを原動力に文字を連ねていたように思う。

でも、読み返してみると書き連ねたことはもう白日の下に晒されていて、それなのに事態はますます自分が望んだのとは180°逆の方向へと地滑り的な勢いで向かっている。

確かにデモは起きた。政府を牛耳っているのが何者なのかも、原発の現状の深刻さも意識して探せばメディアの中でも見つける事が出来る。メディア自体のでたらめさも、TPPが売国政策であることももうみんな知っている。

でも1ミリも前には進まなかったのはなぜだろう?

大手マスメディアの誘導とネット情報の力の差、年代による意識の差などなど理由をあげたらきりはない。(今回の選挙が不正なら論外だ。)要はグローバリズムを押し進める動きに対して、それに歯止めをかける有効な一手を誰も見つけられないでいるという事か。脱グローバリズム像が明確でなければ結局人は目に見えるものや理解しやすいものに安心を求めてしまうのかもしれない。

まだ経済より生命を優先できないのでいるのだ。

ここに紹介する本は脱グローバリズムを実現するためにローカリズムを掲げるヘレナ・ノーバーグ=ホッジとスローライフの提唱者である辻信一の対談集である。

示唆に富む言葉が満載だが、それだけで終わってはいけないのだと思う。ありきたりだがここで語られる考え方を一人一人が咀嚼して少しでも行動することが必要なのだ。

私が印象に残ったのはヘレナがラダックで活動する際に実行の柱にした5つの項目だ。
① 文化への尊敬
② 地方分散型再生可能型エネルギーに基づく技術
③ 伝統的な有機農業を守る
④ 伝統工芸の奨励とそれによる現金収入の道を開く
⑤ 伝統医療を維持し伝統医療の専門家たちを保護する

ここに向かう世界的なムーブメントは既に起きている。

私は参加したいと思うがあなたはどうだろう?


2013年1月 1日 (火)

その手には乗らない 2013年元旦

 

知らず知らずのうちに為政者側のロジックに巻き込まれているような気がする。

でもその手には乗らない。

それが2013年の目標。

みなさん今年も宜しく。

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