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2013年2月 3日 (日)

原発避難者の手による復興支援酒「甦る」完成

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嘘で塗り込められた復興ではなく、苦い現実を受け止め、それでもなお立ち上がろうとする人々に僕らの酒「甦る」を届けたい。レインボープランの町長井市に避難した福島県人により栽培された幻の米「さわのはな」。これを原料に福島から避難した酒蔵が作った復興支援酒「甦る」。避難者による被災地支援の酒。こんな酒他には無い。売り上げの一部を教育の現場に寄付する予定。子供たちこそこの国の未来だから。経済再生もいいけど、それよりも先にやることがあるはずだ。

           
We are alive

      ブルース・スプリングスティーン

カルヴァリィーの丘の上に十字架が立っている
銀のナイフに一筋の血痕
その下には墓場の男の子
そこで夜、死者たちが甦る
天では、星々が音を立て火花を散らす
月が死んだ男の上に七つの輪を投げかける
冷たい墓石に耳を押し当てると
彼らの歌が聞こえてくる

俺たちは生きている
俺たちの身体は暗闇に
横たわっているが
俺たちの魂は立ち上がる
火を運び、闘いの口火を切るために
肩を寄せ、心を寄せ合い
共に立つために

叫び声が聞こえて来た
俺は1877年にメリーランドで殺された
鉄道労働者たちがストをしたときに
わたしは1963年に殺された
日曜日の朝、バーミンガムで
俺は死んだ、去年、南部の砂漠を横断しているときに
子供達はサンパウロに残してきた
奴らは俺たちの身体を投げ出し、腐るままに放置した
頼む、奴らに伝えてくれ

俺たちは生きている
俺たちの身体は暗闇に
横たわっているが
俺たちの魂は立ち上がる
火を運び、闘いの口火を切るために
肩を寄せ、心を寄せ合い
共に闘うために

心はゆっくり休めておけ
良く眠っておけ、友よ
最後に裏切るのは肉体だから

昨夜目が覚めた、夢うつつの闇のなか
頭から足の先まで完全に冷えきっていた
蛆虫が身体中を這い回っていた
俺の指は引っ掻いていた
地下2メートルの黒い土を

墓穴の真っ暗闇の中
俺は死ぬに任せて放っておかれた
そのとき周りから声が聞こえてきた
覆っていた土が取り除かれ
目には青空が飛び込んできた

俺たちは生きている
俺たちの身体は暗闇に横たわっているが
俺たちの魂、精神は立ち上がる
火を運び、闘いの口火を切るために
肩を寄せ、心を寄せ合い共に闘うために
肩を寄せ、心を寄せ合い共に立つために
俺たちは生きている

 


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コメント

 死者の霊を基にした文明、というと物凄くオカルトティックに聞こえますが、何も難しいことではなくネイティブな世界はもろそのままだし、日本だって江戸の頃はまだそんなだった。落語の「へっつい幽霊」ではごろつきと幽霊が博打する。

 スプリングスティーンのこの歌は何は入っているのでしょう?おやじやおふくろと「甦る」飲みたいね。

そうだね。親父は僕らが酒を飲める年齢になったときにはすでにドクターストップがかかっていたからね。
僕の幼かった時の幸せな記憶はほろ酔いの親父とおふくろが裕次郎や菅原洋一のレコードをかけながら畳の上でチークを踊ていたというもの。陽気な酒で親父はアスリートだったけど歌も上手かった。
サヨナラホームランを放って三塁ベースを回る親父の姿をとらえた写真が居間に飾ってあったでしょう?目の前で酒を飲んでいる人が写真の中の「彼」なのだと思うと何故か不思議な感じがしたものだ。そして誇らしくもあった。

僕は晶や晴が飲めるようになるまで健康でいたいと思うけどどうかな?
子供達が成長して「原発事故があったとき、お父さんはは何をしたの?」と聞かれたとき
僕は「逃げた」としか答えられない自分では嫌だった。

そんな気持ちの延長上に「甦る」はある。

「We are Alive」は 最新作「レッキング ボール」のラスト・ナンバー。全曲原発事故後の我々を歌ったようなものばかりで、間違いなくブルース・スプリングスティーンの最高傑作。

このアルバムを聴くとアメリカ人もすでに国を奪われてしまった人たちなのだということがわかる。

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