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2013年5月26日 (日)

2015年 さなぶり交流会〜理性も狂気と共にある〜

          


昨日、レインボープラン市民農場「福幸ファーム」の田植えと「“絆”循環プロジェクト」の交流事業の第1弾「2015 早苗ぶり交流会」が行われた。
午前10時から行われた田植えには長井市民のみならず東根市、山形市、米沢市から、遠くは神奈川県からの参加者もあり、福島県から長井市に避難している家族を囲んで総勢60名以上のにぎやかなものとなった。妻と子供を長井市に避難させ福島に残り家族を支える父親も2名福島から駆け付けてくれ、久々の家族の時間を田植えを通じて過ごす様子はとても心温まるものだった。

夜の交流イヴェントも私たちの取り組みに縁のある方々が集まったほか、昨年は見られなかった地元の支援団体の方々も参加されとても楽しい時間を過ごす事ができた。

プログラムの中で、一度は福島県桑折町に帰還したものの、やはり「何か」を感じ長井市に戻り、母子避難という選択を継続しているご夫婦に私がインタビューするという形で会場の方々に避難生活の現状を伝える場面を持った。

放射線の数値に関する捉え方ひとつをとってみても、ひとそれぞれに感じ方、価値観がちがい、そこに福島県が一つなれない原因があるが、昨夜の二人が話したことはそれを如実に物語っていたように思う。高齢者と若者、独身者と子を持つもの、情報をテレビからとるのかネットからとるのか、男か女かなどなど、3.11前と後で確実に何かが変わったのだとするなら、それは身近な人たちの価値観が「露になってしまった」ということなのだろう。

どちらがどうとは言えないが「理性も狂気と共にある」という感覚。本来平凡な日常にしても実はそうなのだが、それが剥き出しになっているという状態。

例えば、
「自宅の空間線量が0.6マイクロ。場所によっては4マイクロある。大人も子供も普通に暮らしている。」と聞いて、あなたはどのように感じるだろうか?

私が二人の話しを聞きながら思い出していたのは、写真家ユージン・スミスとともに水俣病を世界に知らしめたアイリーン・美緒子・スミスさんの以下の言葉だ。

『水俣と福島に共通する10の手口』
1.誰も責任を取らない/縦割り組織を利用する。
2.被害者や世論を混乱させ、「賛否両論」に持ち込む。
3.被害者同士を対立させる。
4.データを取らない/証拠を残さない。
5.ひたすら時間稼ぎをする。
6.被害を過小評価するような調査をする。
7.被害者を疲弊させ、あきらめさせる。
8.認定制度を作り、被害者数を絞り込む。
9.海外に情報を発信しない。
10.御用学者を呼び、国際会議を開く。

現在の福島県はこの10の手口にまんまとはめられているように見えるが、私個人としてはそうであってはならないと肝に銘じているつもりだ。

特に「違いはあってもお互いの価値観は認める。」という態度は現在では以前より強く求められているように思う。

私は長井市の方々に温かく受け入れていただき感謝してもしきれない思いでいっぱいだが、他に福島県から日本中に避難した方々は今どのように暮らしているのだろうか?

彼らの価値観や感じ方は尊重されているのだろうか?

理性と受けとめられているのだろうか?
狂気と受けとめられているのだろうか?


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コメント

どなたかわかりませんが、私の現在の心境や現状にピッタリの曲を紹介してくれてありがとうございます。

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