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2014年1月 8日 (水)

僕らは連鎖する生き物だよ

            

本日、文明哲学研究所第1回市民講座として東北芸術工科大学にて、小出裕章氏の講演を聞いた。

私は大学時代にチェルノブイリ原発事故をきっかけとして原子力発電の危険性を知り、当時その危険性を市民の立場でリアルに伝えてくれる存在であった、高木仁三郎氏や広瀬隆氏、樋口健二氏の著書や写真集に触れる機会を持った。(広瀬氏、樋口氏には直接お会いして話しを聞いた。お二人は今もなお健在だ。)

Photo_9彼らは当時から「左寄り」の人間として揶揄される事が多く、確かにその周辺には私より一つ二つ上の世代の「いかにも」という姿も数多く見受けられた。

だが私は「左寄り」とされる彼らの「核廃絶」や「自然感受性を高める」という言葉をヒントにネイティブ・アメリカンの思想にたどり着き、精霊が穀物(トウモロコシ)を媒体として共同体を形作ることを人に伝え現在に至り、その暮しを守ろうとする先住の人々の姿を見たのだった。そして思ったのだ、「古事記」に描かれる天照大神がニニギノミコトに稲穂を授ける姿と同じだと。

天照大神は天皇の祖先とされる神である。

私は左とされる人々にインスパイアされて右の源流にたどり着いたことになる。

そんな経験から私が信条にしていることは、どちらかに偏ることなく中道を歩むことだ。それはどちらの意見にも同等の熱心さで耳を傾けるということ。左にぶつかったり右にぶつかったりしながらコブだらけでヨロヨロと真ん中を歩く。憲法9条を死守しながら自衛にも心を砕かればならない日本人の姿とはそのようなものだし、それで行くしかないと思うのだ。

今日の小出さん(事故後から我が家ではずっとそう呼ばせてもらっています)の話しは学生達に対して「授業」として話されたという一面もあって、原発の危険性を考える時のスタンダード的なものだったように思う。(だからといってつまらなかったとうことでは断じてない。)ただ個人的に最もだと思われるこれらの話しも、立場によっては「極めて左よりからの意見」として片付ける人々が数多くいて、脱原発と原発推進は現在でも国内を二分している。核の脅威の前では右も左もないだろうに。

大学生の中で聴講したからか私は学生時代に自分の身に起きたことを顧みて、今日教室を埋めた400名近くの学生の中に「左も右も連鎖している」なんてことを考える学生が何人いるのだろうと思った。小出さんの話しを聞きながらふとそんな思いが頭をよぎったが不謹慎だろうか。

まっいいか、だって今日は文明哲学研究だから…。

私個人としては、やはり子供だけは汚染地帯から逃がさなければならないという思いが一層強くなった。

原発による豊かさを享受した世代の放射能リスクが一番小さくて、その世代の一部が原発再稼働を望んでいて、そしてその力を借りて次なる戦争の準備を進めるというなら、子供に代わって「ふざけるな」と言いたい。(これも左寄りの意見だろうか?)

子供がいなくなれば右も左もない。故郷も日本も世界もなくなるのだ。

子供たちは道の真ん中に立っているのだ。

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コメント

 初めてコメントします。小出さんの講演行ってくださり、このようにレポートしてくださってありがとうございました。子どもたちは人間の未来です。今自分が金儲けしようとする大人たちが政治を動かしている状況ではダメだと思います。「核の脅威のまえでは右も左もない」。おっしゃる通りです。目の前のことから始めるしかありません。

ヤギおじさん、コメントありがとうございます。正月はお手数おかけしました。
「目の前のことから始める」とありますが、それを日々淡々と確実に実行に移す姿をお手本にしたいと思います。正月の大反省会を仁クンが企画してくれているようなので、大いに反省したいと思います。大介クンの酒を美味しくいただきましょう!

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