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2014年3月11日 (火)

2014年3月11日 放射能汚染大驀進中の世界に思う

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私たち日本人は太平洋戦争に敗れ、その後現在の日本国憲法を持つに至った。

それと同様に、私たちにも東京電力福島第一原子力発電所の事故を引き起こした反省に立って、憲法第9条にも匹敵する程の新たな理念を創造し、世界に向けて発信する必要と義務があるのではないだろうか?

そしてその理念に基づいて粛々と日々を重ねていく姿でしか国際社会に謝罪する術はないと思うのだが。

広島・長崎で核兵器の被害を体験しながら「平和利用」なる言葉に目が眩み、今回自ら招いた地球規模の放射能汚染は現在もなお大驀進中である。

にもかかわらず、私たちは、世界中の人々、さらにはあらゆる動植物に対して、生命をも脅かすほどの迷惑をかけていることには何も触れず、事故前と同様に「経済優先」のライフスタイルのみを選択し続け、無責任極まりなく、あまりにも恥知らずな態度で放射能汚染後の世界で現実を見てみぬふりをして生きている。

残念ながらこれが2014年3月11日現在の日本の姿である。

事故発生後から今日まで私の中での日本再生のポイントは
1「原発事故の収束・そのための安全作業体制の確立と作業員の生活の補償・地位の向上」
2「汚染地域からの避難・疎開とその受け入れ体制の確立」
3 「内部被曝を避けるための官民あげての徹底した検査体制の確立」

の3つである。

事故直後、世間知らずの私は当然この3つに日本中が一丸となって取り組むものと信じていたが、残念なことにこの3年の間、むしろ私たちの国は国民の意識を分断させることで時間稼ぎをし、事態を矮小化し、隠蔽し、時間の力を借りて 事故等なかったことにしようとし、そして多くの人たちが「しょうがない」と訳知り顔をしてそれを受けとめてしまっている。

私は3月11日を追悼や復興や絆の日だけに終わらせてはいけないと思う。

事態はまだ不気味にも進行中ではないか。

私たち日本人が目を覚ますには、まだこれ以上の悲劇が必要だというのか?

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