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2014年3月14日 (金)

言葉の力

            

3年前の今日、私は妻と当時3歳(娘)と1歳(息子)をつれて山形県長井市に避難した。
原子力発電所が爆発したというのに、その日の午前中、いわきの実家の2階の窓から外を見ると川向こうの広場で子供達がブランコで遊んでいた。それを見て、実は対したことにはならないのではないかという気持ちに支配されかかった時、インターネットで次のような作品に触れた。


それを「希望」と名づけよう
                  佐野元春


街が揺れた夜、君はひとり無断で、
市営プールに潜りこみ、身体を水に浸した

そして暗がりの中、瞑想した

人は時に、光に水に、雨に風に、感謝し、
人は時に、光に水に、雨に風に、屈服する

この闇の向こうに震えるのは
誰か、嘆きの声

同胞の不在は確かに不可解だ

それはそうだ
しかしどうだろう

君は偽善の涙など流さないと誓ってくれ
決まりきったお悔やみなど無用だと言ってくれ

夜が明けて、そこにいつもどおりの太陽が照り、
草木は首をもたげ、
鳥たちは空を往く

そうだ、美しくも残酷なクリシェ

一方で、
君の身体の細胞ひとつひとつに染みいる光はどうだ
傷だらけではあるが依然雄々しいその筋肉はどうだ

そうさ、君は同胞の不在を気にかけているんだろうが、

たとえば、
偶然にも生き残った君の生を讃えてみてはどうだ?
たとえば、
生き残ったことへの幸運を噛みしめてみてはどうだ?

不謹慎だとわめく偽善者を後に残し
君が光を放つことで、友を弔うんだ

それを「希望」と名づけていいんだよ

余震は続く

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2011年 誕生日に寄せて

私はなぜかこの詩に触れたとたん、せっかく大災害を生き延びたのに、まもなくいわきにも降り注ぐと伝えられる放射能を我が子にに浴びせるわけにも、もちろん自分も浴びるわけにもいかないという気になったのだった。

あの時“偶然にも生き残った生を讃える行為”とは避難するという行為以外にはなかったように思う。

私は現在も、その延長で生きているのである。


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