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2014年12月

2014年12月17日 (水)

吹雪、吹雪、氷の世界

     

「悪魔的な法律」—秘密保護法の施行、 極右政権、衆議院議員選挙で圧勝、使用済みMOX燃料使用の大間原発審査申請、シドニー「突入で人質二2人犠牲」、至近距離から銃撃=無抵抗の子供141人「処刑」—パキスタン学校襲撃…

ろくなニュースが聞こえてこない。どこもかしこも氷の世界。

2014年12月10日 (水)

さぁーすらうべぇ〜

     

FBつながりのイクメン住職として名高いOさん情報で「方言革命」なるCDを知って衝撃を受けている。
民謡日本一に2度も輝く「朝倉さや」が繰り出す山形弁による名曲カバーの数々。(なんとノラ•ジョーンズまである!)http://asakurasaya.com/musiccdmustitem.html

昨年は「あまちゃん」「八重の桜」「楽天優勝」という東北イヤーだったけれど、「ここにもいた!」という感じ。

ただの素人芸ではなく、民謡という伝統芸能の分野で十分に実力を蓄えたうえでの玄人芸。

西洋の猿真似よりも力強く豊かなものを感じますな。

「確かにこれは革命だべ」
「んだごでぇ!」

2014年12月 9日 (火)

少年の日の思い出

     

故郷の思い出の唄を書いてくれと言われてポールは「ペニーレイン」を書き、ジョンはこの曲を書いた。

少年時代の孤児院に送られる時の寂しい気持ち。

それが「ストロベリー • フィールズ • フォーエバー」

歌詞には以下のような解釈があるらしい。

※君を暗い気持ちにさせてしまうかもしれない
だって僕は今
ストロベリーフィールズのことを考えているから
そこは現実とかけ離れた
何もない荒涼とした世界
ストロベリーフィールズ
そこでの死ぬ程の寂しさを
僕は永遠に忘れない

目に見るものは誤解だらけだから
目をつぶって生きていくことにするよ
最近立派な人間になるのに疲れてきちゃってさ
一応それらしくはやってきたけどね
そんなことはもうどうでもいいのさ

僕と同じ境遇の人間なんて誰もいない
後にも先にもまわりにもね
つまり君は僕と価値観を共有することはできないんだ
でもそれでいいのさ

今も、今までの自分も
夢のまた夢なのかな
物事を前向きに捉えてきたけれど
それは間違いだ
そうさポジティブに向き合わなければならないと
がんばってきたけれど
必ずしもそれに
同意していたわけではないのさ

幼い日から抱えた心の空洞を埋めるための作業がビートルズであり、解散後の彼の活動だとしたら、この曲はそのことに対して自覚的に書かれた最初の曲であり、「スターティング•オーヴァー」が到達点だとする説。

心的外傷(トラウマ)を克服したとき彼は撃たれた。

今もってやりきれない気持ちになる。

「平和のためだなんて言って人を撃っちゃいけない」by ジョン • レノン

2014年12月 8日 (月)

狂気を孕んだロッカー

     

 僕に取っての彼は「愛と平和」の人じゃない。
 狂気を孕んだロッカー。
 そのmadnessとloveの振れ幅にイカれた。
 それが僕のジョン • レノン。

 1980年12月8日。間違いなくあって欲しくなかった1日。

 「ジョンを殺した奴を、オレが必ず撃ち殺してやる」 by キース • リチャーズ

2014年12月 7日 (日)

「ケ•サラ」を

       

既にFBでは紹介したが、最近目にした文章の中でとても腑に落ちるものがあった。
http://kazetabi.weblogs.jp/blog/2014/11/post-adae.html

その中から自分の中でヒットしたものをいくつか紹介したい。

「国民の支持を得た政策が素晴らしいのではなく、深刻なことは考えたくない国民の糠喜びを誘いながら、後になって引き返せないような道へと深入りしていくことが恐い。」

「もはや、経済成長がなくても豊かさを実感できる社会の構築、生き方の変化を目指すしかないと思う。賑やかで絢爛たる状況が楽しいとは限らず、静かで穏やかで、しみじみと感じられる楽しさがある。有名だけれど人の群がる観光地よりも、無名だけど落ち着いて過ごせる場所の方が気分転換になる。」

「闇というのは、字のとおり、門の下で音を待っている状態。つまり、何か新しい兆しの”おとづれ”を待っている。明るく照らし出して賑やかな音がいっぱいだと、その気配をとらえることができない。明るければ明るいほど物がよく見えるというのは錯覚で、どうでもいいものもいっぱい見えすぎて肝心なものが見えない。闇のなか、耳を澄ませることで初めて気付く大事なことがある。」

「牢獄を脱け出したいから、人は明るいところに行きたがるのだけれど、現代人は、白々と明るい牢獄で空虚に時間を費やしているのだ。牢獄から脱け出すためには、暗いトンネルを抜けることが不可欠。3.11の震災後、街の灯りが少し暗くなって、暗いトンネルの中に入ったかなと思っていたら、いつの間にか明るいところに出てしまった。前に進んで脱け出したのではなく、強引に来た道を戻って、元の白々と明るい牢獄に戻らせたのがアベノミクスだと私は思っている。」

「はっきりとさせなければ物事を進めることができないと主張するのは、臆病者。先行きが不透明でも、手探りしながら前に進むことはできる。ゴールが見えなくても、勇気のある者は、足を踏み出すことはできる。人はいつか死ぬけれど、死んだらおしまいなのではなく、死んだ後のことが、人間の認識ではとらえられないだけ。」

僕がこの文章を読んで最初に思い浮かんだのは昨年大ヒットした朝ドラ「あまちゃん」の最終回で二人の少女がトンネルの中のレールの上を歩いていく場面。

原発事故後の避難生活も人から見れば暗闇の中であることは間違いないのだろうが、僕の場合勇気に支えられてというより、今となっては好奇心にかられてという感じに近い。

ちなみに本来イタリアのカンツォーネだった「ケ•サラ」はよく言われているところのお気楽な「なんとかなるさ」ではなく「どうなるんだろう」が本当のニュアンスだとのこと。

そのような意味でリクオの名演で「ケ•サラ」を。

不確定な時代を行く感じが良い。


2014年12月 6日 (土)

12月6日に

            

理想を抱いた青年がやがて社会に出て現実と対峙して、少しずつあきらめや妥協を身につけてゆくとき、大抵その周囲の人間たちは「お前も少しは大人になったな。」などと言って既存の社会に青年を取り込み、徐々に飼いならし、そして解読不能だった暗号が少しだけ読み取れたような気になって安心する。

社会に出て四半世紀を過ぎているのだから当然自分もそんなふうにして取り込まれたし、ある時は取り込んだりしながらここまで来たのだけれど、その延長上で社会のあり方を根底から揺るがすような大事故が起きたのだから、この期に及んで青年に向かって「妥協が必要だ、大人になれ」だなんて僕は言いたくないし言えないな。

2011年の失業期間中に20年ぶりに再会を果たした友人達と話していて気づいたことは、10代の時の自分たちの方が正しかったということ。嘘と本当が分かっていたということ。

そして確信した。
「今、世間が騒いでいることなんて10代の頃からみんな知っていた。10代の頃から今と同じことに腹を立てていたんだ」と。

10代の自分が今の自分に腹を立てているようなら、その怒りを尊重して生きていこうと思う。

もう騙されるのはやめだ。

曲は今日が命日、下村誠の「ジェームス•ディーンの唄」

2014年12月 5日 (金)

強く賢い女性

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夜、BSで岸恵子さんがパリを案内する番組を見ていたら、吉永小百合さんとパリで30年ぶりに再会し、その時の印象を語っていた。文字起こしというわけにはいかないが要約すると「強く、頭がよく、不器用だがブレず、それでいて慎ましやかな人」とのこと。

番組の中で再会時の写真を何枚か公開していたが、パリの風景の中、和服姿の吉永小百合は決まっていた。素敵だった。

昔、ホピの長老に「これからは強く賢い女性についていきなさい。男はそれを助けるだけでよい。」と言われたことを思い出す。

明日、山形市の「シベールアリーナ」で、小百合さんのチャリティ朗読会「祈るように語り続けたい~ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマ」が開催される。

僕は行けないが、義母が楽しみにしている。

夜にでもゆっくり話を聞こうと思う。

2014年12月 4日 (木)

このメッセージは有効

            

自分より強いヤツを倒そう。

2014年12月 3日 (水)

いきなりの大雪

          

いきなりの大雪。町中おおわらわ。

雪国で暮らし始めて気づいたこと。
雪に備えることで雪国の人は身の回りの環境を配慮する意識が高いということ。
雪が溶けて春が来たとき、皆が身の回りや町中の補修、点検をすることで町がリセットされ新たにスタートをきる感じが良い。

雪の中で今年一年の反省をする期間が長いため精神的にも深みのある人が多い気がする。

悪いことばかりじゃない。

2014年12月 2日 (火)

彼は生きている

          

子供のころ、僕の父は「喧嘩をしてはいけない。」とは言わなかった。
「男の子なんだから喧嘩なんかいくらしてもかまわない。だが喧嘩にもしていい喧嘩としてはならない喧嘩がある。」と言って僕たち兄弟にいくつかの条件をつけた。
してはならない条件とは
① 年下や身体の小さい子、女の子とはやらない。
② 先に手を出してはならない。
③ 武器を手にしてはならない。武器をつかうような卑怯者とはやらない。

というものだが、実はこの教えはよくできていてこの条件に従うとなかなか喧嘩なんかできない。(してはいけないという代わりにこのように子供達に言い含めて、僕たちが危険な目に合わないようにしてくれたのかもしれない。)

そして男が喧嘩をしていい条件とはたったひとつだけだと言った。それは

「困っている人や、弱い人を助ける時」だと。

昨日、映画俳優の菅原文太氏の訃報を聞き、なぜか亡くした父のことを思い出した。(父は昭和7年、文太氏は8年生まれだ。)

昔「傷だらけの天使」でショーケンこと萩原健一扮する小暮修が自分の息子の名前を聞かれると必ず「高倉健の健と菅原文太の太をとって健太といいます。男らしい男になってもらいたいもんですから…。」と答えていた。それからすると僕たちは先月この「男らしい男」の訃報に立て続けに接したことになる。そして二人はしばしばスクリーンの中で「困っている人や弱い人を助ける」人だった。

今日昼休みに少しだけテレビを見たら、どの局も菅原文太追悼番組で「仁義なき戦い」や「トラック野郎」を取り上げていたが、僕にとっての菅原文太は「獅子の時代」で最後の最後まで新政府軍に戦いを挑んだ会津武士•平沼銑次だ。https://www.youtube.com/watch?v=e_NIlKZDrBw

俳優業から農業に転じたり、3.11後の反原発運動や平和運動に身を投じる姿を見てますますその感を強くしていたところだった。

先月の沖縄県知事選で翁長氏応援のスピーチを聞いても感激し、FBにその姿をアップしたばかりだったが、彼は晩年を「広能昌三」でも「星桃次郎」でもなく「平沼銑次」として生きたのではないかと思う。

「沖縄の風土も本土の風土も、海も山も、空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。」だなんて、年老いたインディアンのような台詞をここで言ってのけてしまうところがカッコいい。

カッコいい男の生き様と「男の喧嘩」を見せてくれてありがとう。

心よりご冥福をお祈りいたします。

2014年12月 1日 (月)

雪マーク

           

今手元のiphoneでyahooの週間天気予報を見ると今日は雨で明日から次の日曜日まですべて雪だるまマークが並んでいるといった具合。長年雪国で暮らしている人でも、いやそれだからこそ皆戦々恐々としている様子で農業者は畑の片付けに追われている。(僕はまだまだやり残していることが多い。)

でも、うちの子供達は雪を心待ちにしている。先日雪が少しだけチラついたら娘が興奮して家にかけこんできた。
「やったぁ〜、ハルくん、雪がふったきたよ〜!!」
「本当!アキちゃん!! やった、やった〜!!」

ってな具合。

季節の名前をそれぞれに冠した我が子たちだが、春夏秋冬をもうけようとして頓挫した両親の遠大の計画を補完するかのように長井の夏と冬を心待ちにしている。
きっと一年のある時期を共に過ごし去っていく弟や妹とでも会うつもりなんだろう。

震災&原発事故後に長井のある方から
「春夏秋冬をそれぞれに感じながら生きてこそ日本人。君は長井で本物の日本人になるんだぞ。」
と言われたことを思いだした。

四季を感じ自然と共生することで、子供達には立派な日本人になって欲しいと思う。

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