« 雪マーク | トップページ | いきなりの大雪 »

2014年12月 2日 (火)

彼は生きている

          

子供のころ、僕の父は「喧嘩をしてはいけない。」とは言わなかった。
「男の子なんだから喧嘩なんかいくらしてもかまわない。だが喧嘩にもしていい喧嘩としてはならない喧嘩がある。」と言って僕たち兄弟にいくつかの条件をつけた。
してはならない条件とは
① 年下や身体の小さい子、女の子とはやらない。
② 先に手を出してはならない。
③ 武器を手にしてはならない。武器をつかうような卑怯者とはやらない。

というものだが、実はこの教えはよくできていてこの条件に従うとなかなか喧嘩なんかできない。(してはいけないという代わりにこのように子供達に言い含めて、僕たちが危険な目に合わないようにしてくれたのかもしれない。)

そして男が喧嘩をしていい条件とはたったひとつだけだと言った。それは

「困っている人や、弱い人を助ける時」だと。

昨日、映画俳優の菅原文太氏の訃報を聞き、なぜか亡くした父のことを思い出した。(父は昭和7年、文太氏は8年生まれだ。)

昔「傷だらけの天使」でショーケンこと萩原健一扮する小暮修が自分の息子の名前を聞かれると必ず「高倉健の健と菅原文太の太をとって健太といいます。男らしい男になってもらいたいもんですから…。」と答えていた。それからすると僕たちは先月この「男らしい男」の訃報に立て続けに接したことになる。そして二人はしばしばスクリーンの中で「困っている人や弱い人を助ける」人だった。

今日昼休みに少しだけテレビを見たら、どの局も菅原文太追悼番組で「仁義なき戦い」や「トラック野郎」を取り上げていたが、僕にとっての菅原文太は「獅子の時代」で最後の最後まで新政府軍に戦いを挑んだ会津武士•平沼銑次だ。https://www.youtube.com/watch?v=e_NIlKZDrBw

俳優業から農業に転じたり、3.11後の反原発運動や平和運動に身を投じる姿を見てますますその感を強くしていたところだった。

先月の沖縄県知事選で翁長氏応援のスピーチを聞いても感激し、FBにその姿をアップしたばかりだったが、彼は晩年を「広能昌三」でも「星桃次郎」でもなく「平沼銑次」として生きたのではないかと思う。

「沖縄の風土も本土の風土も、海も山も、空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。」だなんて、年老いたインディアンのような台詞をここで言ってのけてしまうところがカッコいい。

カッコいい男の生き様と「男の喧嘩」を見せてくれてありがとう。

心よりご冥福をお祈りいたします。

« 雪マーク | トップページ | いきなりの大雪 »

コメント

あなた様のコメントには、いつも心に響かせてくれるものがあります・・・・・「心憎い」というのかな。
からだにつまているものがとにかく豊富なんですようね。
フアンの一人です。

虹太郎さん、ありがとうございます。

この時期になると言葉が戻ってくるようですが、自分でも書き終わるまではどのような内容になるのか分からないで書いております。

自分の中から何が出てくるのかわからないのですが身の丈以上の言葉を吐かないようにだけ気をつけております。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1548031/58157753

この記事へのトラックバック一覧です: 彼は生きている:

« 雪マーク | トップページ | いきなりの大雪 »