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2016年3月

2016年3月11日 (金)

未来からの糾弾 5年目の3.11に寄せて

   

東日本大震災&原発事故から今日で5年。

「震災から今日までどのような思い出過ごされましたか」と問われる機会がいくつかあって、その度一生懸命答えさせていただいているのだけれど、いつも的外れな回答で終わってしまう。

だが、先日いくつかのブログを眺めていて5年間自分がずっと引きずっている感覚を見事に表現している記述を見つけた。以前にも目にしていたが今改めて読むと自分の中の心の的の真ん中を見事に射当てている。

震災&原発事故の翌年2012年3月12日のブログ「ペンギン・ビート」の記事がそれだ。

少し長いが以下全文を引用してしまおう。

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「僕らはまだ揺らめいている巨大なものの前にいる。」

昨日の3・11、PM2:46に市の放送があって黙祷した。しかし、実際は地震があったこの時間からさらに約10~15分後に起きた津波によって被害は甚大なものになった。去年のその時のことを思い出すと、僕は都心のプレハブ建ての3階にいて何かのアトラクションのような目に合った後、外に出て現実とは思えないほど揺らめいている高層ビルを呆然と見つめていた。周囲も皆、騒然としていたが、実はその時にこそ津波というもっと具体的な悲劇が始まっていたのだが誰も知らなかった、その時には。
文字通り悲劇が渦巻いているのに何も知らずにいたあの10~15分間が、その後の1年をずっと覆っていたような気がする。いくらいろんな事実が明るみになっても、まだ自分は何かを知らないでいる・・という感覚があの時から始まったのだ。

3・11は終戦記念日や防災の日のような記念日や祝日にはならないだろう。僕らはまだ揺らめいている巨大なものの前にいる。

それは高層ビルではない。

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僕の中にずっと燻っているものはこれで、それは今この瞬間の自分も「悲劇が渦巻いているのに何も知らずにいたあの10~15分間の自分」ではないのか?という疑いにも似たものだ。

(そしてそこに僕らを押しとどめようとする力の存在も感じる。)

もちろん人一倍鈍感で、物忘れが激しく、何かに集中すると何も耳に入らなくなる自分が今この瞬間にも確実に起きているであろう世界中の悲劇を全て意識して生活するなんて出来ようもない。

でもそんな自分のアンテナでも何かの違和感を察知し、それが誰かの悲劇や巨大な悪につながると感じたのなら声をあげてしっかりと拒みたいと思うのだ。

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今年から始まったNHKスペシャル「新映像の世紀」の第3集「世界は独裁を選んだ」の恐るべきラスト。

それは第二次世界大戦終結後、実態が明らかになった強制収容所の死体の山を見せつけられ「知らなかったんだ。」と叫ぶドイツ人に対して収容者たちが「いや、お前たちは知っていた」と告げる場面だった。

「原子力非常事態宣言」が解除されず、高濃度の汚染水を垂れ流し続けていながら経済成長ばかりを唱え、原発を再稼働し、オリンピック騒ぎに躍起になりそのあげくのはてに未来の子供たちを再び悲劇に陥れる事態を招いたとき、僕らもまた先のドイツ人と同じように「知らなかったんだ」とでも言って言い逃れるつもりなのか。

このままでは、僕たちもまた未来の子供たちに糾弾されるだろう。そしてあの日亡くなられた多くの魂たちからも。

「いや、お前たちは知っていたのだ」と。

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動画はベタだが34年前に発表された浜田省吾のナンバー。今こそリアルに響くこの名曲が曲中に現れる恋人たちの身に起こることまで言い当てないで欲しいと切に願っている。 5年目の3.11に 合掌

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