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2017年10月

2017年10月16日 (月)

2017.10.14 木星音楽団 地球音楽会 in 長井 

         

昨日は長井市文化会館でやぎりんさんの木星音楽団地球音楽会による「広い河の岸辺コンサート」が行なわれました。

ちょっぴりスタッフとしてお手伝いさせていただきましたが演奏が始まってからは一音楽ファンとして楽しませてもらいました。

昨日印象に残ったのはゲストで歌われたソプラノ歌手の竹田恵子さんによる「ありがとういのち Gracias a la vida」です。

ジョーン・バエズの歌唱で聞き慣れていたこの歌が全く違った形で表現されていて、原作者の心情に強く寄り添うものになっていたように思いました。

そして歌を通じて社会変革を目指したビオレータ・パラの歌が選挙戦のさなかに歌われたことも個人的に感慨深いものでした。

ヒットソングとして市場経済の中で消費されていく歌ばかりに接している私たちですが、本来歌はそういったことのためではなく、私たちの暮らしの喜怒哀楽の中から生まれ、多くの人に共感されたものが優れた作品として歌い継がれていくはずです。

東日本大震災と原発事故という危機的状況を背景として八木さんによって訳詞された「広い河の岸辺」は被災地で多くの被災者・避難者、被災地を支援する心ある方々、またそれとは別に極めて個人的な感慨を持つ方々から共感され、歌われ、歌い継がれる歌になりました。パラの歌と同様にやぎりんさん訳詞の「広い河の岸辺」は前述に沿って言えばまさに後者です。

そしてそのような本来的な「歌」に触れてしまうと欲張りな私は考えてしまうのです。「現状の危機を背景として歌われる歌とは何か?」と。

日本は今社会の変わり目にあって、変わるなら変わるでいいのですが、現時点できちんと決められたルールに基づいて正しい手続きで変わるのではなく、ルールを勝手な解釈で変更したり、守らなかったり、誤魔化したり、隠したり、少数意見を最大限尊重するという多数決の原理を誤用したり・・・正しい手続きを踏まずして訪れる変化は「悪化」でしかないし、「危機」でしかないと思うのです。

このような時に、皆が口ずさむ歌とはいかなる歌なのかとふと考えてしまうのでした。

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スタッフとして参加したのにコンサート後は観客の皆さんに混じってやぎりんさんにサインまでもらってしまい昨日は良い1日でした。

そして今日、やぎりんさんのブログで昨日がビオレータ・パラの生誕100年であったことを知りました。
感慨を新たにしているところです。

素敵な演奏、ありがとうございました。

https://ameblo.jp/duo-quenarpa/entry-12309607299.html

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